デムロア攻略戦

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第一章 大気圏

アストラギウス銀河を二つに割ったギルガメス星域軍とバララント星域軍とが壮絶なる死闘を繰り返した「第三次銀河大戦」。
通称「百年戦争」と呼ばれている。
その名の通り、百年もの間で繰り広げられた戦い。それは戦歴等では纏められぬ戦場の数を生み出したのだ。
ここで触れる「デムロア攻略戦」は、

ギルガメス星域メルキア方面軍に其々配置されていた特殊AT部隊が合同で参加した数多くの戦歴の中でも指折りの大作戦である。


アストラギウス暦7208年。
バララント星域の一惑星
デムロア北西に位置する巨大要塞ビルギギン占領を目的とする降下作戦が開始される。
そのギルガメス星域軍の高速重巡洋艦「オバノー」が、4つの特殊AT部隊を載せてデムロア星に向かっていた・・・。
部隊の1つであるヨラン・ペールゼン大尉率いる「第二四メルキア方面軍機甲兵団特殊任務班X1」は、
通称を吸血部隊と呼んでいるが彼らが使用するM級ATの右肩が赤い血の色に染められている事からレッド・ショルダー部隊とも云われていた。
レッド・ショルダー部隊(以下RS部隊と云う)は個人戦第一主義であり、
得意とする戦術は高速機動を活かした突破攻撃と敵部隊の懐に入り込む接近戦や乱戦であった。
彼らRS部隊のATは脚部にロケットエンジンを仕込んだ特殊仕様が多く使用されている。
しかし、過剰なセッティングが施されているために他の部隊からは操縦性最悪と評されているのが現実だ。
これはRS部隊の様な突出した技能を持つ者にしか扱えない事を意味しており、RS部隊以外での使用があまり確認出来ない事の理由ともされている。
タニン・クレガー大尉率いる「第七二メルキア方面軍強襲機甲部隊」は、
バララント星域のムロア星を核弾頭搭載を可能としたAT兵器により壊滅させた事でその名を上げた機甲部隊である。
ドルフェス・ラオ大尉率いる「メルキア惑星占領軍第七降下騎兵団」は、
野戦装備キットが組み込まれるパラシュートザックを装備したAT部隊であり「スカイ・フォーク部隊」とも呼ばれている。
ライト・ネーガント大尉率いる「第十四メルキア方面軍強襲機甲部隊」は、
独自に開発したAT用の自走砲を使用して敵部隊に突入する戦術が有名な機甲部隊である。
どの部隊もが使用するATとはアーマード・トルーパーの略で、対ゲリラ戦略に対抗する対人制圧を目的として開発された人型兵器だ。
全高は4m程で、本来は人工義肢として開発の人工筋肉をATサイズまで拡大し応用させて組み込んでいるため人間のそれと同様の動きを粗可能としている。
云わば二足歩行小型戦車だ。
そのM級(ミッド・クラスのATを意味しており事実上ATの標準サイズ)のATを使用する4つの部隊が「オバノー」の中でブリーフィングを行っていた。
「オバノー」の艦長であり、この作戦の指揮官でもあるレオノ・ザイバン大佐はそれぞれの部隊員を前に黒いサングラスを外して低い声で話し始めた。
「諸君らがこれから始めるデムロア攻略戦は非常に重要な作戦である。
デムロアを制圧すれば敵の保有する施設や物資の確保が出来る事を意味しているのだからな。
しかし、このデムロアを攻略すべく多くの兵士達が降下、制圧を試みているが全て敗退している・・・。
だが!ここに集められた諸君らはエリート集団である!
一騎当千の猛者ばかりだ!必ずや作戦を成功に導いてくれよう。諸君らに期待する!」
レオノ大佐の言葉を訊き、全ての部隊員達が敬礼する。
その敬礼の中、RS部隊のギリアム・アングレード上等兵が同じ小隊員のマンフレート・ブランド上等兵に訊く。
「なぁ、RS部隊以外は糞ばかりだがRS部隊の中で誰が一番の撃墜王になると思う?」
マンフレート上等兵は、その細く吊り上がった目を一度閉じてゆっくり開いた。
「ギリアム。俺は撃墜王などに興味はない。それより足手纏いになって味方に殺されない様に気をつけろよ。」
マンフレート上等兵がそう呟くと、ギリアム上等兵は彼の左脚爪先に唾を吐き捨てた。
マンフレート上等兵は何もなかったかの様に目を閉じた・・・。
RS部隊は三人一組から成る小隊編成を組んでいる。
ギリアム上等兵とマンフレート上等兵は同じ小隊員であり、ラドルフ・ディスコーマ伍長が小隊長であった。
そのラドルフ伍長が自らの小隊員二人に声を掛ける。
「グレゴルー小隊には注意しろよ。味方殺しで有名だからな。」
ギリアム上等兵とマンフレート上等兵は何も云わずにただ頷いた。
「解散!」
レオノ大佐の言葉の後、それぞれのAT部隊長らは自らが率いる部隊員達に集合を掛けた。
短めの黒髪にサングラスを掛けた男がRS部隊員達に声を掛ける。
「我らがRS部隊の実力を思い知らせるには良い機会だ。」
そう云うとサングラスを外した。
精悍な顔つきで鋭い視線を浴びせるこの男こそRS部隊の指揮官であるヨラン・ペールゼン大尉だ。
「私が指示した通り諸君らは三人一組の編成を組む事となる。
デムロア降下後、するべき時に各小隊長が指揮を執れ。
だが忘れるな。必ず死者が出る。
自らの小隊長が戦死した場合、残された二人が別の小隊に加わる事は赦されない。
小隊長戦死後は二人で行動。最後の一人になったとしても撤退は無い。
この作戦で生き残った者こそ真のRS部隊員なのだ!」
そう云うとペールゼン大尉は不敵な笑みを見せて付け加えた。
「諸君!眼前の敵を殺せ!自らが生き残る事だけを考えるのだ!」
ペールゼン大尉の言葉を訊き終わるとRS部隊員は敬礼の後、其々のATの最終点検を行いにその場を去った。

ATパイロットの乗降が容易な降着姿勢を保ったM級AT「ATM-09-STスコープドッグ」が処狭しと配置されている。
RS部隊が使用するスコープドッグには隊員独自でカスタマイズを施した機体が多く見られるのも特徴の一つだ。
左肘部に装着された自主製作の連結用アタッチメントにこれまた自主製作のシールド(盾)が組み付けられたATの傍で
PR液(ポリマーリンゲル液と云い、機体全身に配置の人工筋肉内化学繊維と電気信号により化学反応を起こす液体)の循環器を点検するRS部隊員が居た。
隊員の名はゲイガン・レフィッシュ上等兵。ゲイル・ラトニアム特技下士官の小隊員である。
そのゲイガン上等兵の傍に一人のRS部隊員が不敵に声を掛けてきた。
「よう、ゲイガン。随分と立派な盾じゃねぇか。」
声を掛けたのはバイマン・ハガード上等兵。
グレゴルー・ガロッシュ伍長の小隊員であるが、味方殺しの異名を持つグレゴルー小隊の中でも一番冷血な男と云われていた。
「こんな盾でも無けりゃ怖くて戦場に出れねぇってのかぁ?」
ニヤニヤと笑いながら唾を吐き捨ててバイマン上等兵が挑発する。
「手前!殺るってぇのかぁ!」
ゲイガン上等兵がバイマン上等兵を睨みつける。
「デムロアの地を踏む前に、ここで殺してやるぜぇ!」
云うなりゲイガン上等兵に殴り掛かるバイマン上等兵。
振り出した右の拳は狙い違わずゲイガン上等兵の顎を捕らえた。
倒れたゲイガン上等兵にバイマン上等兵が飛び掛るが、透かさず出したゲイガン上等兵の右脚がバイマン上等兵の顔面に直撃した。
倒れ込んだバイマン上等兵は即座に立ち上がる。
ゲイガン上等兵も立ち上がっていた。
二人は粗同時に殴り掛かるが、両者共に後ろから羽交い絞めにされた。
バイマン上等兵を抑えつけるのはグレゴルー伍長。
ゲイガン上等兵を抑えるのはゲイル特技下士官。
「放せ小隊長!こいつは何時か殺してやろうと思っていたんだ!」
バイマン上等兵の言葉に激怒が込められているのが判る。
そのバイマン上等兵を睨みつけながら口の中に溢れていた血を吐き捨てるゲイガン上等兵。
「グレゴルー。躾の悪い犬だが貴様が飼い主なら仕方ないと云ったところか。」
ゲイル特技下士官が低く呟く。
「ふっ、その様だなゲイル。」
ふてぶてしい笑みを漏らしながらバイマン上等兵を放してグレゴルー伍長が云う。
「ゲイル!貴様も殺すぞ!」
バイマン上等兵が呻く。
「上官に使う言葉では無いな。弱い犬ほどよく吠えると云うが。」
そう云うとゲイル特技下士官もゲイガン上等兵を放した。
「なんだと!」
バイマン上等兵がゲイル特技下士官に睨みを効かした。
「そこまでだぁ、バイマン!」
割って入ってきたのはグレゴルー小隊のムーザ・メリメ上等兵だった。
「邪魔するんじゃねぇぜ、ムーザ!」
興奮するバイマン上等兵に対し冷静沈着なムーザ上等兵が付け加える。
「こんなところで揉めてねぇで自分のATの整備でもするんだな。」
そう云うと、ムーザ上等兵はAT整備用の特殊工具をバイマン上等兵に放った。
それを右手で掴むバイマン上等兵。
ゲイル特技下士官とゲイガン上等兵に背を向ける寸前で唾を吐き捨てた。
口の中が切れていたのだろう。血が混じっていた。
「グレゴルー。貴様の小隊は荒くれ者の集まりだな。」
その場を去るゲイル特技下士官が呟く。鋭い眼光は最後までグレゴルー伍長を威圧していた。
「RS部隊に優等生などいるものか。」
そう云い放つとグレゴルー伍長もその場を去った。
自身のATを点検整備中のRS部隊員らにもバイマン上等兵とゲイガン上等兵の騒ぎは耳に入っていた。
別に珍しい事ではなかったが、作戦を前に神経が高ぶっているためバイマン上等兵の行動に苛立つ隊員も少なくなかった。

ペールゼン大尉の傍に、がっしりとした体格の男が歩み寄ってきた。
「グレゴルー小隊のバイマン。よく問題を起こすものです。」
この男の名はリーマン少尉。ペールゼン大尉の副官である。
そのリーマン少尉の右後ろにいる男はマッカイ曹長。常にリーマン少尉に媚を売り自身の地位を保とうとする男だ。
リーマン少尉にペールゼン大尉が云う。
「今に始まった事でもあるまい。それより私が本作戦で行う実験。判っているな?」
「はっ!それは充分に!」
リーマン少尉は更に続けた。
「しかし、私には一抹の不安が残ります。人間を・・・いえ、兵士を殺人機械に・・・。」
リーマン少尉の言葉の途中にペールゼン大尉が割り込む。
「実験だよ、リーマン!お前は私を信じていれば良い。」
ペールゼン大尉が凄む。
無言であったがリーマン少尉はペールゼン大尉に頭を下げた。
何の事か理解出来ぬままマッカイ曹長も頭を下げる。
その刹那、艦内に警報が鳴り響く!
「惑星デムロア降下まで三十分!参加パイロットは速やかに待機!」
重巡洋艦「オバノー」のブリッジではバララント軍衛星無人攻撃機の警戒レベルを最高の「レベル1」に設定した。
問題はデムロアに接近した時である。
バララント軍の対宇宙兵器地上配備型「対軌道大型ミサイル」は特化した迎撃システムを備えているのだ。
事実、過去のデムロア降下作戦では大気圏突入前にオバノー級宇宙戦艦が撃破され、降下部隊が出撃する事すら出来なかったのである。
本作戦では過去の全敗退データが見直された事で、衛星無人攻撃機、対軌道ミサイルに対する新兵器の装備が実現する事となった。
その新兵器は「特殊チャフ・グレネード弾」と名付けられた。
レーダー探査を無効とする兵器で、有効時間を重視して特殊プラスティックのフィルムにアルミ箔が蒸着されている。
チャフ自体は昔から使用されているも、有効時間が数十倍に跳ね上がっていると噂される「特殊チャフ・グレネード弾」が、
衛星無人攻撃機と対軌道ミサイルを無効化して必ずや「惑星デムロア降下作戦」を成功に導くものと軍部は大きく期待していた。
「バララント軍衛星無人攻撃機を補足!特殊チャフ・グレネード弾を射出します!」
オバノー通信オペレータからの言葉を確認した火気管制員がチャフを射出。
衛星無人攻撃機4機がレーダー探査を行っていたが、チャフは自らが探査される前に弾けてキラキラとアルミ箔を浮遊させた。
オバノー艦内に緊張が走った。
本当に大丈夫なのだろうか・・・。
しかし、艦内の全員が見守る中、結果は直ぐに確認出来た。バララント軍衛星無人攻撃機は完全に無効化されていたのだ。
上下左右にレーダー探査部を作動させているがオバノーを補足する事は出来なかったのである。
オバノー艦内に歓声が沸く。
メルキア軍部が期待していた新兵器はその性能を間違いなく発揮したのだった。
「やるじゃねぇか!これで対軌道ミサイルの無効化にも成功すりゃオバノーが撃沈される可能性は低くなるってことだ。」
RS部隊エイジス小隊のフェリオ・グランディス上等兵が云う。
「さて降下してから、どの部隊が一番で要塞ビルギギンに辿りつくかな。」
同じエイジス小隊のベン・ゲルドフェイス上等兵がフェリオ上等兵に投げ掛けた。
そこに小隊長のエイジス・フォッカー伍長が割って入る。
「第十四強襲機甲部隊の自走砲は確かに速いが直進性重視の兵器だ。クイックな動きに対応出来ない分だけ撃破される数も多いだろう。
ATフライで上空から降下のスカイ・フォークらがどの地点まで近づく事が出来るか。地対空ミサイルの餌食になれば降下出来る数も少ない。
・・・ま、第七二強襲機甲部隊の奴らなど問題外だな。」
フェリオ上等兵、ベン上等兵は頷いた。
エイジス伍長は続ける。
「お前らはジェット・ローラー機構で突撃しろ。俺の機体にジェット・ローラーは装備されていないが、軽量化している機体だ。遅れは取らん。」
とエイジス伍長。
「小隊長、ペールゼン閣下の機体を見ましたか?」
ベン上等兵が質問する。
「いや、この目では確認していないが、例の秘密結社の奴らが完成させた試作機で出撃されると訊いている。
ペールゼン閣下の小隊員2名は知らされていない。恐らくリーマン少尉あたりは把握されている事だろうぜ。」
と、エイジス伍長が低い声で云う。
「なんか気味が悪いな。俺たちRS部隊員の殆んどが知りもしない奴がペールゼン閣下の小隊員。しかも2名だ。」
ベン上等兵が呟く。
エイジス伍長は何も云わずに咥えた煙草に火を付けた。
その頃オバノーは順調に侵攻を進めていた。
特殊チャフを有効に使用しながら・・・。
「バララントの奴ら何も気付かずに。」
レオノ大佐は余裕の笑みを見せながら艦長席に腰を下ろしていた。
「しかし、デムロアに降下しても肝心のビルギギンを落とせねば意味はありません。」
レオノ大佐の側近であるミーマ・センクァータ大尉がレオノ大佐に云った。
「なぁに、RS部隊がいる限り必ずこの作戦は成功する。」
そう云うとレオノ大佐は左手で葉巻を口に咥えて更に続けた。
「ミーマ。この作戦が成功すれば約束通り貴様を情報部に回してやる。心配するな。」
神経質そうにミーマ大尉が目を細めて小さく頭を下げた。
「艦長、大気圏突入まで十分を切ります。」
オペレータが云うとレオノ大佐は席を立ち上がり息を深く吸った。
「愈々だな。長岐に渡ったデムロア攻略に終止符が打たれるのは。」
レオノ大佐が呟く。

「そろそろ大気圏突入ってところか?」
そう云うとグレゴルー伍長はATのシートに座り込んだ。
大柄なグレゴルー伍長には狭すぎるATのコクピット。
現在の主力機であるスコープドッグは、その原型ともなったATH-08-STよりも装甲が薄くパイロットの命は軽視されている。
しかもコクピット内にはコンピュータなどの各機器類が、ぎっしりと詰め込まれているために最低限の居住性しか考慮されていないのだ。
ATパイロット達へのストレスは計り知れない事であろう。
「ビルギギンか、早くお目にかかりたいってね!」
バイマン上等兵が云う。
「お前のケツは俺がしっかり守ってやるぜバイマン。」
ムーザ上等兵が呟く。
「けっ!ムーザ、手前なんかに心配されてる様じゃ俺もおしまいだな。」
バイマン上等兵はほくそ笑みながら云った。
「バイマン。ムーザなんかじゃなくママに守ってもらったらどうだぁ?」
通信機からゲイガン上等兵の声が訊こえた。
「ゲイガン。人の話を盗み訊きしてるたぁ、ふざけた野郎だぁ!」
とバイマン上等兵が云う。
しかし、通信機からは他のRS部隊員らの笑い声が訊こえてきた。
「手前ぇらぁ!」
バイマン上等兵が呻く。
「はっはっはっは!バイマン、既に通信機は働いているんだ。お前の負けだな。」
グレゴルー伍長がせせら笑った。
その刹那、艦内に2回目の警報が鳴り響き警告灯が赤く点灯した。
「大気圏突入!繰り返す、大気圏突入!」
アナウンスが流れる。
「さぁ!気を引き締めろ!」
グレゴルー伍長が叫ぶ。そして自らの両手で顔を叩いた。
オバノーがデムロア星の大気圏に突入。
艦内に激しい振動が伝わる。
各ATパイロットらがコクピットハッチを閉じるとATは計器類に囲まれた棺桶を化した。
ムーザ上等兵はATの基本動作と戦闘動作、そして戦闘情報等をデータとして記憶させたミッションディスクをディスクドライバーに差し込む。
操縦桿の脇にある起動スイッチを押すと計器類が点灯してジェネレーターが唸り始めた。
バイマン上等兵が可動式ゴーグルヘルメットの右耳付近から巻取式のコードリールを引き出して、真横にある接続ジャックに端子を差し込む。
これでATのモニターとゴーグルが連動する。
映像情報は全てゴーグルの中に映し出されるのだ。
グレゴルー伍長が操縦桿を手元まで引き起こし、降着状態だったATを立ち上がらせた。
それに続けとばかりにRS部隊のATが次々と立ち上がる。
吸血部隊、レッド・ショルダーの名の通りにATの右肩は暗い血の色に染められている。

「第二四メルキア方面軍機甲兵団特殊任務班X1吸血部隊」
ヨラン・ペールゼンが指揮するこの部隊はアストラギウス暦7200年の初頭にペールゼン自らが編成した部隊である。
メルキア上層部が吸血部隊を正式に設立するのは7207年2月13日であり、正式な設立を認めるのに何故ここまでの年月が経過してしまったのか。
非公式な作戦ではあるものの作戦遂行の際に非戦闘員を虐殺しているという証言に含まれる残虐性が原因であった。
しかし、ATの操縦に関しては突出した技能を持つ、一騎当千のパイロット集団であった事が吸血部隊を正式な特殊部隊として認めさせるまでに至った。
事実、正式に設立されて初の実戦投入となったアルダヴェア戦においては多大なる戦果を上げる事となる。
その残虐性を指摘し続ける者達が存在する事は否めないが重要な作戦にレッド・ショルダーは必要不可欠となった。
故にアルダヴェア戦から3ヶ月後の本作戦にRS部隊が参加する事となったのは必然と云えよう。
7196年にATを主力としたエリート部隊の編成を軍上層部が要請。
それに応えるように設立された第二四メルキア方面軍戦略機甲兵団MDSFをも凌ぐ人間を超えた完全なる戦闘部隊。
それが「第二四メルキア方面軍機甲兵団特殊任務班X1吸血部隊」なのだ。

RS部隊が使用する揚陸艇に続々と集結するATの群れ。
最大10機のATを搭載可能な揚陸艇でギルガメス軍に最も普及しているタイプのものだ。
大型ミサイルを左右に2発づつ搭載するのがノーマルであるが、
RS部隊はカスタマイズを施しており通常の大型ミサイルに追加して小型ミサイルポッドが増設されていた。
RS部隊が各小隊3チームに分かれて揚陸艇に乗り込む。
RS部隊員らが不信を懐いたのはペールゼン大尉が姿を見せなかった事であった。
代わりにリーマン少尉が指示を出している。
マッカイ曹長もリーマン少尉の傍で罵声を飛ばす。
リーマン少尉の傍には必ずマッカイ曹長が付き纏うのだ・・・リーマン少尉の意思に関係なく。
「マッカイの野郎、リーマン少尉の傍だといつもあれだ!」
エイジス伍長が呟く。
「へっ!気にするなよ。確かに気に食わねぇ野郎だがRS部隊の古株だ。腕は間違いねぇぜ。」
ギルバー小隊の小隊長であるギルバー・ティスネル伍長がエイジス伍長に云う。
「貴様らぁ!何をぐずぐずやっている!速く乗り込めぇ!」
マッカイ曹長が凄んだ。
エイジス小隊、ギルバー小隊、ラドルフ小隊が揚陸艇に乗り込む。
グレゴルー小隊、テックス小隊、ハドソン小隊も揚陸艇に乗り込んで行く。
小隊長の機体は右肩だけでなく右腕部分も同様に血の色に染められているらしく、その機体が小隊長機である事を教えている。
「ゲイガンッ!デムロアの地で会おうぜぇぇぇ!」
バイマン上等兵が通信マイク越しに云う。
「手前の面ぁデムロアに降りても拝まなけりゃならねぇたぁ泣けてくるぜ!」
ゲイガン上等兵が応答する。
ゲイル小隊、ディアッカ小隊、ジン小隊も揚陸艇に乗り込む。
次々と揚陸艇に乗り込んで行くRS部隊。
その様子を少し離れた場所からペールゼン大尉が窺っていた。
ギルガメス軍の標準パイロットスーツは橙色だが、ペールゼン大尉のパイロットスーツは黒であった。
そのペールゼン大尉の後ろに同様の黒いパイロットスーツに身を包んだRS部隊員が二人。
彼らはペールゼン大尉よりも遥かに背の高い隊員であった。
「レニー、ビズ、用意は出来ているか!」
ペールゼン大尉が低い声で訊いた。
「はっ!」二人同時に応える。
金色の長髪に顎鬚を伸ばした隊員がレニー・デオドネル伍長。黒い短髪のモヒカン頭をした隊員がビズ・チャイド上等兵。
二人は微動だにせずペールゼン大尉の言葉を待っていた。
「我々も乗り込む事にしよう。」
そう云うとペールゼン大尉がゆっくりと歩き出した。二人の隊員も後に続く。
少し歩くとペールゼン大尉は立ち止まり、降着状態のATに乗り込んだ。他のATとは明らかに異なる機体。
ペールゼン大尉が繋がりを見せる秘密結社と呼ばれる集団が開発したと云われている。
しかし、実際は彼らが軍部の「次世代H級AT開発プラン」に関する詳細な図面を入手し、ペールゼン大尉から指示された変更点を具現化した機体である。
X・ATH-P-FX-RSC「グラントリードッグ一号機」の操縦桿を引くと、スコープドッグの動作より明らかに素早い立ち上がりを見せた。
続いてレニー伍長も自らが操縦するATを立ち上がらせる。
この機体は全て秘密結社が製作した完全なオリジナル機体で、X-ATH-FX-RSC「フェイオスドッグ」と名付けられた。
明らかにH級ATと分かる大きさである。
ビズ上等兵も自らのATを立ち上がらせた。
その機体は・・・惑星クエントのゴモルで製造されると云われているH級AT「ベルゼルガ」であった。
100年戦争拡大に至り傭兵という立場で戦場に送り出されるクエント人専用ATをビズ上等兵が使用するならば・・・
彼がクエント人であると云う事を意味しているのだろうか。
しかし、クエント人がRS部隊に所属するならば傭兵と云う立場ではない筈だ。
この点に関してペールゼン大尉とリーマン少尉以外で真相を知る者は秘密結社とメルキア軍技術中尉のカルマン・トムスのみであった。
本作戦でペールゼン大尉が行う実験。
これに深く関与しているのがカルマン技術中尉らしい。
現時点で実験の詳細な内容など判る筈もなかったが・・・。
何れにせよ、ベルゼルガは戦場で目覚しい活躍を示してクエント傭兵の名を世に知らしめた高性能且つ強力なATである。
7206年のパルミス戦役終盤で宇宙戦仕様の機体も確認されている。

RS部隊は3チーム毎に分かれて揚陸艇へ乗り込む事となっていた筈だがヨラン小隊のみ専用の揚陸艇に乗り込んで出撃する。
ペールゼン大尉のATが先頭で揚陸艇に乗り込む。
スコープドッグの頭部に装着されているターレット式三連スコープレンズとは異なり
バイザーに固定のスコープレンズが縦方向に二連装で装着され、そのレンズの左右に縦長のセンサーが取り付けられている。
右肩と腕部は吸血部隊の名の通り血の色に染められている。
右肩に大型のブレードが二枚装着されているのが印象的だ。これは衛星通信を可能とする衛星アンテナの役目をしているらしい。
バックパックには他のRS部隊員と同様のミッションパックが装着されていて、
左腰部に固定されるガトリングガンと右上部に九連装ミサイルポッドが確認される。
左腕には巨大な鉄爪アイアンクローを装着。接近戦で強力な白兵戦用の武器だ。
ATのカラーリング自体はスコープドッグのそれと変わらない。
グラントリードッグに続いてレニー伍長のフェイオスドッグが乗り込む。
頭部はスコープドッグの形状に近いが、三連装スコープレンズは廃されていて、縦長のセンサーを中心とし左右に二連レンズが装着されている。
目を引くのは脚部だ。
大型ジェットローラーは固定式で、グライディングホイール(磁気を帯びた回転体でATの走行用車輪)がロケットブースターを挟んで2基装着されている。
前方に延長された爪先裏側にもタンデム方式で2基装着されているため、両脚合計で8基の大型グライディングホイールが装着されている事になるのだ。
異型のミッションパックは詳細不明の代物であり、大型の加速器と思われるロケットブースターが確認出来る。
グラントリードッグ同様、左腕に巨大アイアンクローを装着。
ATのカラーリング自体はスコープドッグタイプであるが、ここまで化物じみたATを使いこなすレニー伍長とは・・・。
最後にビズ上等兵のベルゼルガRSCが揚陸艇に乗り込む。
クエント製ATベルゼルガにおいて、粗全ての機体に搭載されているであろうパイルバンカーと云う白兵戦用の武器。
盾中央に装着の長槍を電磁カタパルトによって突出させる仕組みになっており、打撃ではなく突刺能力が突起した一撃必殺の武器として恐れられている。
通常のベルゼルガとは異なる点が幾つか確認出来る。
完全に後付けである事が分かるジェットローラー機構部、スコープドッグが使用するミッションパックの装着。
ベルゼルガに装着される事こそ珍しいと思われる多連装ミサイルポッドと左脇部のガトリングガン。
ATのカラーリングは右肩以外を全身緑色に染められている。これはスコープドッグの頭部やコクピット廻りの緑と同色である。
ビズ上等兵のパイロットスーツはペールゼン大尉やレニー伍長、他のRS部隊員と同様のタイプであった。
クエント人であればクエント人専用の戦闘服が存在する。ビズ上等兵はクエント人ではないのであろうか・・・。
ヨラン小隊が乗り込んだ揚陸艇のハッチが閉じられ、全てのRS部隊が乗り込みを完了。
第七二強襲機甲部隊、第十四強襲機甲部隊も乗り込みを終了した。
第七降下騎兵団に関しては揚陸艇を必要としていない。
オバノーよりATフライ(ATを一機吊り下げて飛行できる能力があり自身での攻撃能力も併せ持つ特殊ヘリコプター)で出撃するからである。
第七降下騎兵団はATの操縦を担当する隊員とATフライを操縦する隊員とで編成された部隊だ。
ATを切り放した後のATフライは上空から支援攻撃を担当する。
ATで降下する隊員と、ATフライを担当する隊員・・・。
その任務上、戦友間の結束が非常に強く隊員らのプライドも異常なまでに高いと云われている。
その為か他の部隊との衝突率が上がってしまう事は否めなく、スカイフォーク部隊長のドルフェス大尉はRS部隊との衝突を恐れていた。
自らの部隊が劣っているなど毛頭考えてもいないが、作戦遂行には仲間をも殺すと噂されているRS部隊。
その噂が事実だとしたら・・・。
渇ききる喉は、ドルフェス大尉がこれまで味わった事のない恐怖感に支配されている事を意味しているのだ。

・・・その頃、オバノーは間も無く惑星デムロアの大気圏を抜けようとしていた・・・。



━ 第一章「大気圏」 完 ━