デムロア攻略戦

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第三章 機動力

広大な宇宙に存在する数多の銀河には其々独自の文明が誕生し発展を遂げて行く。
物語で語られる「アストラギウス銀河」の歴史は「戦争」に支配された、戦いと荒廃の歴史と云っても過言では無いだろう。
アストラギウス銀河に発祥した最初の文明は、惑星クエントのその名が印すクエント文明成るものであった。
アストラギウス暦紀元前十七万八千年前(八万五千年前と云う説も在る)に誕生したとされる超高度文明。
反重力や物質転送の技術と高精神性を持っていたと云われている。
超高度文明を持ちながらも争いを忌み嫌い、他星系への進出も赦されなかった彼らクエント人社会は実に穏やかで平和なものであった。
・・・しかし、この超高度文明は崩壊するのである。
クエント文明崩壊終焉は、その超高度文明が要因となったのだ。
発展に発展を繰り返したクエント文明末期には、
異常とも云える程に人間とコンピュータとの同調率が高まり、
通常会話でさえも大容量データを高速で伝送する超高速言語が使われていた。
この様な次世代通信を脳が未成熟な年齢から使用する事で本来誕生する筈の無い新種が確認されたと云う。
その新種は「異能者」と呼ばれた。
異能者はクエント人がタブーとした闘争や侵略を渇望し、
同じクエント星に生きる同胞の肉体を改造して類人兵器とする事も厭わなかった。
そして異能者によって手を加えられたのは、変貌を遂げられなかった者だけでは無く、
彼らと同じ異能者の内でコンピュータとの適合能力が不完全とされた者達にまで及ぶのだ。
彼らは融機人と呼ばれたが、結果的に異能者から存在を認められず抹殺計画が開始される・・・。
しかし、異能者の存在を認めなかった多くのクエント人達によって鎮圧され、彼ら異能者達は遠い星々へと追放されたと云う。
クエント人は異能者を誕生させた超高度文明を捨て去る決断を執る。
アストラギウス暦四千頃、この様な理由でクエント文明は崩壊したのである。
その異能者が追放されて五百年後頃に、アストラギウス銀河各星系で未発達だった文明が急激に発展する。
各惑星の原住民から神として崇められた異能者が指導したと推測するは難しくないだろう。
数ある新技術の中でも画期的なものが誕生。
その新技術は「MH航法」と呼ばれた。
マクガフィ・ハイパードライブと云う超光速航行システムの事で、音速域をも凌駕する光速域での航行を可能とする技術である。
それは特殊エンジンにより宇宙船を包み込む亜空間フィールドを発生させる。
このフィールド内であれば宇宙船の質量を無効化する事が可能であり、ブランク時間以内に空間に対し光速域で航行出来るのだ。
亜空間と云う異質空間で移動をするため、それまでの相対性理論を覆す大発明であった。
このMH航法を逸早く採り入れた星系が中心となって誕生したのが恒星間同盟である「バララント同盟」だ。
徹底した秘密主義、そして軍国主義と狭義の共産主義から成る超国家主義の傾向が強い軍事大国。
既に百を超える惑星が加盟している一大軍事同盟で、
中央集権体制を敷く事が国家連合としての求心力と統制力を強くし、民族構成や政治体制も統一されている。
このバララントと対立して誕生したのが「ギルガメス連合」であった。
加盟星系間で締結された巨大軍事同盟であり、各加盟国は主権を保持し合う独立国から成っている。
無論、反バラン主義のイデオロギーを掲げる共同体であり、
各星系は軍拡と工業化を優先して発展を遂げていて、バララントに敵対する九十近くの惑星がギルガメス連合に参加。
この様な背景から両者との間に軍事衝突が発生するのは当然の事と云えるだろう。

アストラギウス暦7113年第三次銀河大戦が勃発。
しかし、詳細な記録が失われていて勃発の原因も定かではない。
バララント軍艦の領空侵犯が原因とする説もあれば、一星系の領土権を巡る争いがその端を発すると云う説もある。
開戦当初はバララント軍の圧倒的な戦力にギルガメス軍は為す術も無く首星の座にあったギルガメス星が崩壊。
新たな首星を惑星ビシュティマに定めるもバララント軍の誇るPMHMによって破壊されてしまう。
PMHMとはパルス・マクガフィ・ハイパードライブ・ミサイルの略で、超長距離惑星間ミサイルの事を指す。
敵惑星の完全破壊を目的としており、断続的なMH航法を繰り返しながら恒星間距離を越えて着弾する。
これに対抗する戦闘衛星が配置され防衛に努めるが、光速域で飛来してくるため迎撃は困難を極めた。
ギルガメス軍の中枢を崩壊させたバララント軍は優位な戦局を獲得するが、惑星メルキアを中心としたギルガメス軍の猛反撃が始まる。
やがてバララント軍のPMHMを初めとする大量破壊兵器は備蓄の枯渇や生産量の減少によって残弾数が底を尽く事となった。
更には可住惑星の汚染問題が深刻となり、両陣営に疲弊と荒廃を齎す結果となる。
そしてアストラギウス暦7132年ビルアット協定により両陣営間でPMHM等の大量破壊兵器使用禁止令が締結された。
その後、事実上は協定を無視した戦術核による攻撃が確認されているが、
敵の保有する物資を確保する事が重要且つ最優先となった事で、敵惑星の破壊から占領を目的とした戦略へと移行するのである。
しかし、圧倒的な戦力を投入し拠点を制圧出来たとしても、
その後長期に亘って繰り返される遊撃戦が両陣営を悩ませた。
奇襲や待ち伏せ等の攪乱攻撃を主とする武装組織、所謂ゲリラ戦のリスクである。
地の利が働くゲリラに対して長期戦となれば疲労が溜まり士気は低下する。
これが問題となり対人制圧を目的としたMT(マシン・トルーパー)の開発が惑星メルキアで行なわれる。
拠点への投入力、悪路への対応力と云った点がクローズアップされ、必然的に最大で4mサイズが妥当とされた。
その後のATにも継承されるMC(マッスル・シリンダーの略でありMTサイズの人工義肢改)技術や
PR液の技術は既に使用されていて、メンテナンス性だけを考えればATを上回っていたとされている。
無論、機動力等はATに遠く及びはしないが・・・。
コクピット周辺に関してはパイロットスーツに生命維持装置と情報機器を担当させる仕組みを持たせており、この点もATに継承されている。
人型を模倣とした外観は二足歩行小型戦車として設計されたからである。
アストラギウス暦7193年のメルキア星バトレア州の内乱に投入されたMTは、一年以上も続いていた戦闘を投入後僅か十日余りで制圧する。
この内容を訊くにMTの戦果は目覚しいと判断出来るが、戦場に置ける役割については軍部の期待を大きく裏切る結果となった。
装甲戦闘車輌。所謂AFVに属する装甲化された戦闘車輌の欠点は地形を選ぶ事にある。
踏破能力が及ばない先への突入を担当するのは歩兵であり、
重火器可搬能力、装甲強度能力、移動速度能力と云った面では戦闘車輌に劣るものの、
臨機応変能力や活動範囲能力では充分に勝っているのが歩兵の特筆すべき点と云える。
歩兵の脆弱な部分を補い更なる機動力が獲得されるならば、陸戦兵器の主力足り得る存在として迎えられる筈だと・・・。
云わば新世代陸戦機動兵器の名の下に完成したのがMTであり、それ故に軍部の期待は大きかったのだ。
しかし、MTの機動力は致命的と云える程の低さであった。
四肢の反応速度、出力性は御粗末としか云い様が無く、その低い重心を物理的に補う大型脚部が最大の問題点とされた。
脚部各関節の可動範囲も狭く瓦礫の山を踏破中に横転する事も少なくなかったのだが、更に決定的な弱点として挙げられたのがコクピット部の形状であった。
仮設建築物よろしくバラック的コクピットはパイロットを剥き出しの状態とさせる。
バラック形状とした主な理由に視界性の確保、脱出時の対策、機体重量の軽減が挙げられるも、銃火に身を晒すパイロット達の士気は大幅に低下した。
事実、パイロットが狙撃される事態が続出し、至近距離からの機体着弾は致命傷となった。
しかしながらPR液循環器システムの見直し、MC内部構造の改良等が功を奏して大幅な出力向上とMT自体の稼動時間延長が達成される。
又、電子機器制御系は単機能プロセッサから
ヂヂリウム素子(高速動作、高集積度を可能とする高級半導体)を用いた高次元汎用システムの導入によって飛躍的に向上。
更なる技術の発展によって開発当時とは桁外れな性能を絞り出す結果となった。
これによりMTは機械騎兵から装甲騎兵の称号を与えられ、遂にATが誕生するのである。
惑星メルキアの軍事企業最大手であるアデルハビッツ社によってMTからATへの移行時期には数多くの試作機が生産されている。
その試作機の中でも最も完成度の高いATとしてATM-01-STクレバーキャメルが挙げられるだろう。
量産されているも機体数が極僅かで各種技術試験機としての意味合いが強い機体だ。
頭部レンズ部は地形や周辺環境を記録するための多機能センサーが仕込まれており、
起動させると前面レンズ部が前方に移動し後方に仕込まれていた各種センサーが現れる仕組みになっている。
ATとしては過剰なまでの高品質機材や変形機構が搭載されているが生産過程でこの部分が問題視される。
結局、生産ラインに整備体勢が追い着かずクレバーキャメルは打切りとなり、
多機能センサーによる各種機構技術は後継機に引継がれる事無く姿を消した。
続いて登場するATM-03-STストレイベアは、クレバーキャメルの運用試験データを元に開発されたAT史上初の実戦投入機体である。
クレバーキャメル頭部レンズ部に仕込まれた複雑な機構技術は廃され透明キャノピーを使用すると云う大胆なアプローチが行なわれた。
材質は戦闘機コクピットに使用されているものと変わりは無いが、安価な装甲素材よりも強力で視界性の確保には優れていた。
量産化の観点からも、この単純さは大いに歓迎されたと云う。
しかし、この透明キャノピーは過去のMTでも発覚した狙撃の恐怖感をパイロットに与える結果となったのだ。
対応には網膜投射型バイザーを装備する事となる。
バイザー装備により光学系センサーの装備が絶対となるが、
クレバーキャメルの様な多機能センサーでは無くスコープドッグのそれに近い形状のものが使用された。
網膜投射型バイザーを使用した機体が量産型として運用される事となったが、
初の実戦となったボーグナム戦には僅かであるも初期透明キャノピー型も参加したと云う記録が確認されている。
続いてアデルハビッツ社はATM-03-STのボーグナム戦で得た実戦データを元に後継機を開発する。
汎用AT第一号機にして実戦での耐久性に問題無しと謂わしめたATM-04-STイグザードキャトルのロールアウトである。
この機体で遂にヂヂリウム素子による電子制御が搭載され操作系統は過去の機体を葬り去る程に高性能だった。
事実、各戦域では赫々たる戦果を挙げている。
兵器としてのATはこの機体で完成を見るも構造自体が複雑でATM-03-STより故障率の高さが目立ってしまう。
故に改良の余地は多数残されていたのだ。
続くATM-06-STマスカレイドコングにはミッションディスクが初採用される事となった。
様々な作戦環境に必要となるデータを媒体に保存し機体にフィードバックする新機能である。
是こそがAT開発当初からの目的であった汎用性確保であり、AT設計思想は一応の完遂となった。
インターフェイス、操縦系統等は非常に優れた性能を有しており、パイロットに掛かるストレスは主力となるATM-09系よりも本機体の方が格段と低い。
本機体はパイロットから長く愛された機体でもあり、主力ATであるATM-09系配備後も戦場で多数確認がされている。
そしてアデルハビッツ社は本機体の後継機こそが主力の座に就くものとして開発を行なった。
云わば過去に開発されたATの集大成となる機体の開発だったのだ。
ATM-08-STスペンディングウルフと名付けられた本機体はアデルハビッツ社の自信作としてロールアウトされた。
パイロットの生存率確保を徹底的に重視した機体となっており、それに伴う新機構が意欲的に盛り込まれている。
AT頭部をバイザーが護る形状等がその一例であるが、手の込んだ構造が足を引っ張る結果となり、量産は極少数で打ち切りとなってしまう。
この経験が後継機開発の上で、本機体の簡易量産型として纏められてしまったのは残念な事であるが、
更には徹底した生存率軽視の設計思想が貫かれると云う事実を生む結果となってしまった・・・。
しかし、その後継機が主力の座に就くと云うのは何とも皮肉な話しである。
アストラギウス暦7198年、ギルガメス連合制式M級AT「ATM-09-ST」スコープドッグがロールアウトする。
本機体に特筆する機能やスペックは皆無であるが、
高い互換性から成るパーツ構成、良好なメンテナンス性、拡張性と汎用性の高さ等のトータルバランス面では他を追随させない名機となった。
極短期間でギルガメス連合に属する各星系方面軍の大半が本機体を採用する事となり、事実上のAT標準機体の座に就くのである。
設計自体は非常にタイトであるが、僅かな変更で様々な戦場への適用が可能である事と歩兵の脆弱部分を補う機動力の高さは名機と謳われるに相応しい。
本機体に続く次世代主力AT開発計画が、FX計画等の様に数多く立ち上げられているも総合的に本機体を超えたATは存在していないのが現実だ。

ATの歴史を語る上で触れておくべき内容として、ギルガメス星域において独自にATを生産している惑星が存在する事と、H級ATの存在が挙げられる。
前者は、惑星クエントで生産されるATH-Q50-STベルゼルガや惑星クロアで生産されたCATM-08オクトバがその代表格と云える。
ATH-Q01がベルゼルガの初号機と云われているが、クエント傭兵の名をギルガメス連合全域に轟かしたATH-Q50の活躍は目覚しかった。
ATM-09よろしく戦場を選ばぬ強力なATであり、クエント素子による金属探知センサーは特筆すべき装備だ。
索敵能力は他のATを追随させないレベルに達している。
又、ATH-Q50専用銃にもクエント素子を装備させ、機体側センサー及び射撃管制装置とリンクする事で
有効射程最大のスナイパーモードや、多数の敵機を識別可能なロックオンモード、一連動作で攻撃が可能な自動照準射撃モードなど強力な攻撃が可能である。
更には接近戦時の対応として一撃必殺白兵戦兵器パイルバンカーが装備されていたりと総合的にも非常に強力なATだ。
しかし、ハンドメイドで生産される事もあり機体総数は非常に少ない。
惑星クロアで生産されたCATM-08オクトバはATデザインの一線を画す独特なスタイルをしているATである。
球形の巨大頭部がコクピットの役目も果たしており、未端肥大症的とも云える腕脚部が目を引く。
逸早く宇宙戦を主眼として生産され機動性は高いと評されるも、
惑星クロアがバララント軍の攻撃で壊滅したためCATM-08に関する詳細なデータは消失された。
本機体の存在すら闇に葬られた感があるが、知る者は本機体を「失われたAT」と呼んでいる・・・。

M級ATが対応力と機動力に優れた機体であるならば、
M級ATが運用するに困難な大型大火力兵器の装備を可能とした高い打撃力とパイロット生存率確保の高い防御力がH級ATの特筆点だ。
メルキア星第二の軍事企業社であるメレンブルク社は、7200年に初のH級ATであるATH-06-STスタンディングビートルの試験運用を開始。
ターレット型スコープは三連同時の使用にて視野の拡大と画像の補正を可能とした。
これは開発当初から水陸両用ATを主眼としたATH-06系の強味だ。
故に高い酸素供給システムを有しているが、高性能ATの実現は機体価格高騰に繋がってしまう。
これがATH-06系を以ってH級ATの代表格として鎮座出来なかった原因と云われている。
このATH-06系の対抗馬であるATH-14-STスタンディングトータスが惑星コルヴェの軍事企業社ウットヘルト社で開発された。
攻撃と防御の両面で他のATを追随させない非常に優秀な機体である。
コクピットの居住性はそれまでのATとは比較にならないレベルに達していた。
これはパイロットの負担を軽減させる事に繋がり、戦闘行動時間の延長を可能としたのだ。
更にMCや駆動部の大出力化とそれに伴うフレーム補強が兵装搭載量の面でも優れた性能を発揮する。
ATH-06系に代わってATH-14系がH級ATの代表格となりギルガメス連合制式H級ATとして7207年実戦配備された。
大火力を必要とする作戦に多数投入され、惑星占領時の地上攻撃では優秀な戦績を残す。
M級ATとH級AT・・・。本来であれば圧倒的とも云える性能差にH級ATこそが主力となる存在と印された。
しかし、その性能の違いが戦力での決定的な違いとならない事を軍部は痛感する。
そのM級ATを主力とした特殊部隊の存在・・・。
彼らは防御面を犠牲とし、火力と機動力を最優先させる。
彼らは個人の技量に依存した安定性無視の機体を最優先させる。
その特殊部隊こそが第二四メルキア方面軍機甲兵団特殊任務班X1吸血部隊。別名「レッド・ショルダー」である。
兵器なるもの本来は簡便性が重要視されるのだがRS部隊の方針はこの対極に位置した。
その代表的な機体を例に挙げれば、RS部隊が音頭を取って製作したATM-09-STTC。
所謂スコープドッグターボカスタムと呼ばれるカスタムATがそれである。
脚部に仕込まれたロケットエンジンによって数倍の加速力を叩き出す高機動型AT。
ギルガメス連合制式M級カスタムATとして彼ら専用の機体と定められた訳ではないが、
安定性と操縦性は最悪と評されRS部隊の様な突出した技能を持つ者にしか扱えない結果を生んだ。
無論、RS部隊はターボカスタムだけを重視している訳ではなく、脚部が通常使用のものでもフルチューンされた機体を使用している。
非常にタイトなセッティングが成されており、操縦特性の許容幅は異常に狭い。
この様に常人では扱い切れない機体だが、RS部隊員が乗り込めば恐るべき高性能振りを発揮したのである。
この事実に対する異論は少ないだろう。
M級ATが持て囃される点は高い機動力にある。
RS部隊以外の特殊AT部隊でもH級を主力とした部隊は少なく、現時点では皆無と云える。
故に惑星デムロア攻略戦に参加した特殊AT部隊の全てがM級ATを使用しているのだ。

地表面の85%が酸海で被われた惑星デムロア。
赤道直下の孤島「シニア」より北西に「ルーウェン大陸」、東北東に「ソリビア大陸」、南南西に「キラム半島」がある。
百年戦争初期の頃にキラム半島はギルガメス連合の軌道爆雷によって壊滅、ソリビア大陸地方が誇る「ゴラボ要塞、テトラム要塞」も手酷い爆撃を受けて全滅した。
その後ソリビア大陸各国の軍事勢力は全てがルーウェン大陸に移動し「ルーウェン大陸の角」とも呼ばれるビルギギン王国に集結する。
ビルギギン王国はジームラ、クチラビア、ガナイと云った国と国境を接しルーウェン洋に面している。
此処に惑星デムロア防衛の最後の砦として巨大要塞ビルギギンが建造される事となるのだ。
ビルギギン王国は歪な三角形を成しており東西900km、南北950kmの国土を有している。
沿岸部は内陸までの約40kmを密林に被われているが内陸は一変して砂漠化が進んでおり、内戦の際に使用された化学兵器が砂漠化の原因とされている。
その昔に王国内の近代化を推し進めるビルギギン政府と反近代化組織とが衝突した歴史を持っており、最終的にはバララント軍介入によって内戦は終結した。
化学兵器を使用したのはバララント軍だった・・・。
当時の地形と現在の地形とでは差異が生じるが、
それでも変わらぬ地形と云えば連なって北東から南西方向に流れる二本の大河、西側のシーフィルム川と東側ディムシス川がそれである。
西側南西方面はカルナリーヤ平原が拡がり、沿岸部の密林地域へ至る。
一方の北側北東方面はジビ砂漠とカルディ砂漠とが切れ目無く続き不毛の地となっている。
砂漠側は最高点1200mにも達するジビ・カルディ台地を形成し、緩やかな傾斜を成しながらシーフィルム川へ至る。
巨大要塞ビルギギンは密林地域を越えた先10kmに姿を見せるのだ。
そこで見る「黒門」と呼ばれる入口と城壁はビルギギンの一角に過ぎない。
 
巨大要塞ビルギギン・・・。
その名の通り余りにも巨大な要塞で、城壁は指令本部を含む全てを被っている。
ここで惑星デムロアの戦歴を振返ってみよう。
壊滅後のキラム半島は事実上の居住不可能地域となった。
この半島は軍事施設が乏しく、反撃に出る事も無く壊滅したと記録されている。
続いてギルガメス連合が攻撃目標としたのはソリビア大陸だった。
ゴラボ要塞、テトラム要塞と云った軍事施設が存在したため徹底的に破壊された。
ゴラボ、テトラム壊滅後にギルガメス連合が一時駐屯していた時期があり、
ソリビア大陸からルーウェン大陸を目指し海空より上陸作戦が行なわれた。
何故、ルーウェン大陸だけは破壊でなく占領を優先させたのだろうか。
答えはルーウェン大陸の豊富な資源である。
膨大な油田とヂヂリウム鉱山を確保する事が最重要視されているのだ。
しかし、上陸艇によりルーウェン洋から直接攻め込む作戦や、
空挺隊による上空からの侵入作戦等は一度も成功しなかった。
更にソリビア大陸に駐屯するギルガメス連合はゲリラに悩まされていた。
繰り返される自爆テロが相次ぐ中で事件は起きた。
ルーウェン大陸より飛び立った大型爆撃機・・・。
容赦無い爆撃にギルガメス連合は壊滅した。
残存勢力も即時撤退を開始、ギルガメス連合は事実上の敗北となったのだ。
その後、残存勢力はビルギギン王国に集結し、惑星デムロア最大の要塞を建造する。
無論、大陸各国の軍事勢力を保持しつつ大半がビルギギン王国に集結する容となった。
その後も、ギルガメス連合は幾度と無く惑星デムロア占領作戦を強行している。
しかしながら、全戦敗退という無惨な結果が残るだけであった・・・。
だが、ルーウェン大陸の資源確保は絶対だったのである。
故に、アストラギウス暦7208年に4つの特殊AT部隊から成る上陸部隊を編成。
満を持して「惑星デムロア攻略戦」が開始されたのだ!

ヴェルナー・ハルトマン少佐率いるデムロア星特殊防衛部隊からの集中砲火が続いていた。
第七降下騎兵団のドルフェス大尉が各AT部隊に伝達。
コンソールに警告灯が点滅する。
それは各AT部隊の緊急停止と停止位置まで第七降下騎兵団が後退する事を伝えていた。
第七二強襲機甲部隊、第十四強襲機甲部隊はグライディングホイールを急停止、その場に待機。
しかし、RS部隊だけは停止する事無くグライディングホイールを唸らせ前進した。
・・・待機する各AT部隊との合流を目指す第七降下騎兵団のATパイロット・・・。
3分程経過しただろうか・・・前進してくるRS部隊を確認!理解出来ぬ光景に通信機で警告する。
「伝達信号を見落としたのか?・・・戻れ!後退しろ!」
RS部隊からの応答は無く寧ろ速度を上げて向かってくる。
彼はATを急停止させ通信機越しに叫ぶ!
「き、貴様ら!合同作戦である事を忘れたか!後退しろ!」
RS部隊のATが迫る・・・その時だった!
ATの映像がビューファインダー右側へ消えたのだ。
急加速か!?パイロットがRS部隊のATを追う視線移動にスコープレンズも同調する。
しかし、RS部隊のATは既に真横を通過していた。
即座に右脚を軸にスピンターンさせ追随するが、密林の中へ姿を消した後だった。
通常ATからは想像も出来ない速度で激走し次々と姿を消して行くRS部隊。
脚部へ仕込まれた展開式補助輪に取付けられたロケットエンジンを点火する事で暴力的な加速を実現させるのだ。
これは液体燃料のロケットエンジンに二段燃焼サイクルを採用したもので、
液体水素と液体酸素を小型燃焼室で燃焼させ濃度の水素ガスによってタービンを駆動させる仕組みになっている。
更にそのタービンと連結されたポンプが水素ガスを燃焼室へ送り込み、同時に液体酸素を加えて燃焼を行なう。
この方式は推進剤全量を推力に利用させる事が可能な高効率燃焼サイクルとして他の兵器にも積極的に採用されている。
しかし、RS部隊は更にチューンナップを施し燃焼効率を上げるために液体酸素と亜酸化窒素とを使い分ける噴射ノズルを組み込んでいる。
亜酸化窒素は窒素と酸素から成る化合物で酸素濃度は通常に使用されている液体酸素の2.5倍以上を有している。
その結果、燃焼室により多くの酸素を加えて燃焼させる事が可能となり液体酸素を通常使用した際の限界走行速度98km/hを大幅に上回る145km/h達成を実現した。
勿論、機体に与えるストレスは過大でここまで過剰にセッティングされた機体を扱う事の出来るパイロットは現時点でRS部隊以外に存在しないだろう。
補足になるが液体酸素と亜酸化窒素とを切替えるスイッチは操縦桿に後付けされている。赤いレバースイッチを引き上げると亜酸化窒素が噴射される。
・・・この光景を目の当たりにしたドルフェス大尉は部下達に告げる・・・。
「吸血部隊は無視する。待機地点まで移動!」
しかし、部下達に告げなかった言葉がある。“・・・格が違い過ぎる。ATをここまで使い熟す奴らだったとは・・・”
事実上、RS部隊が自身の部隊を上回る実力者達である事を認めた訳である。
しかし、ドルフェス大尉は誓った。“必ず仇は取ってやるぞ!吸血部隊の中にあの光弾を放った奴がいる筈だ!”

激走するRS部隊の中で、ゲイル特技下士官がミッションディスク内に保存されたマップファイルを確認する。
諜報機関が収集したビルギギン王国を上空より撮影した衛星写真ファイルだ。
「ゲイル特技下士官!」
リーマン少尉からの通信である。
「木々の損壊状況から砲撃位置を割り出しました。自分が牽制射撃を行ないます。」
ゲイル特技下士官が応える。
「了解した。・・・各員に告げる。スカイフォーク部隊が集中砲火を浴びていた地点に防衛機構が設置されている筈だ!確認を急げ!」
リーマン少尉から指示が飛ぶ。
「けっ!各小隊長が指揮を執るんじゃなかったのかよ!」
ハドソン小隊の小隊長であるハドソン・エルスマン伍長が、ふてぶてしい態度で云う。
その時だった!
ゲイル特技下士官機のGAT-30からエネルギー弾が発射されたのだ!
「高熱源体!」
デムロア星特殊防衛部隊員が叫んだ!
「何!」ヴェルナー少佐が部隊員の方に視線を向ける。
「直撃、来ます!」それは部隊員が発した最後の言葉となった・・・。

・・・GAT-30の砲身を冷却するためのファンモータが唸りを上げて回転している・・・。

GAT-30を放ったゲイル特技下士官の判断に間違いは無かった。
樹木枝の倒れた方向、着弾の状態等から砲撃が一番容易く行なえる場所をマップファイルから読み取ったのだ。
特殊部隊が使用するバックパックと呼ばれる火器管制システムボックス。
ゲイル特技下士官機にはGAT-30を運用するための特殊バックパックが装備されている。
通常であればミサイルポッドを装着する箇所。
その内部にアキュームレータ駆動システムが組み込まれており、
特殊加工されたメッシュホースを伝わってGAT-30にエネルギー供給を行なう。
砲身冷却を行なうファンモータはGAT-30後部の本体内部に組み込まれている。
冷却風導路となる専用ダクトが前方の砲身まで伸びている事が確認出来る。
冷却機能を有してもアキュームレータが弾体を形成するまでに、3分を必要とするデメリットがある。
更に、ゲイル特技下士官は試作兵器故の故障時を想定し、GAT-22-Cヘヴィマシンガン改も装備していた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
エネルギー弾の直撃を受けて爆発炎上、そして蒸発する部隊員達・・・。
スカラベ1両、スネークガンナー1両、EP-02が1機と観測兵の数名を一瞬にして失った。
無論、衝撃波により半壊した車両も少なくなかった。
「損害状況を!動ける車両、どれだけ残っている!」
ヴェルナー少佐が通信機越しに問う。回線が復帰していないのかノイズが混じる。
「た、隊長・・・半壊はスカラベ1両、EP-02が2機です!」
「負傷者をスカラベ、スネークガンナーに乗せろ!次弾までに後退する!急げ!」
ヴェルナー少佐の指示が飛ぶ。
「敵からの砲撃を確認する。30秒待って砲撃が無ければ後退と判断、防衛機構を焼き払う。各員待機!」
リーマン少尉からの指示に全機がその場に待機・・・いや、停止した。
全身を焼かれ、それでも生きている部隊員を前にヴェルナー少佐が決断する。拳銃より放たれた弾は部隊員の頭部に命中した。
「後退するぞ!良いかぁ!」
辛うじて生き残ったデムロア星特殊防衛部隊は自身の基地へと後退を始めた。
「良いだろう。防衛機構の破壊を!」
リーマン少尉からの指示に従い、FTAT-16フレイムスロウワーが放たれる。
所謂、ATサイズの火炎放射器であり「ロアテップCEP-05/10」を専用の燃料とし3分16秒間の火炎放射を可能とする殺傷兵器だ。
フレイムスロウワーは各小隊の1機に必ずの装備が義務付けられていた。
地面より顔を出しては敵機を捕捉し観測兵に情報をフィードバック、その後地面に潜り暫くすると再び顔を出す、通称「モグラ」と呼ばれている自動防衛機構の1つ。
この様な兵器を破壊するに実体弾を使用する必要は無いと判断され、火炎放射による機器内部損傷を優先させた訳である。
辺りは忽ち火の海と化し、モグラ内部の電子機器類はショート、炎上四散した。
RS部隊が過去に行なった非公式な作戦。戦闘員、非戦闘員をも村ごと徹底的に焼き払った7202年の出来事・・・。
惑星サンサの辺境に位置する小さな村。
その村をヨラン・ペールゼンが先陣を切って襲撃。
滞在していた科学者グループを惨殺する事が目的とされていたらしいが、その時にも行なわれた容赦無き火炎放射。
その光景を彷彿させる。ただ放たれる先が人間か兵器かの違いだけである。
「対AT用の地雷であれば木製だ。金属探知に引っ掛かる事は無い。恐らくこの先は地雷原だ・・・。」
エイジス伍長とベン上等兵が通信機越しに会話をしている。そこにリーマン少尉が割って入る。
「エイジス伍長、正しい判断だな。しかし、後方には既に地上戦艦が上陸している。艦砲射撃を要請しこれを薙ぎ払う。・・・マッカイ曹長!」
「了解。弾着位置を確認します。」
リーマン少尉の指示にマッカイ曹長が応える。
リーマン少尉機のバックパックは火器管制システムと高性能通信システムとを装備した特殊仕様だ。
外観上でも非常に特徴的な大型折畳式ブレードアンテナがその通信システムの要であり、地上から軌道上の宇宙艦との情報授受をも可能としている。
マッカイ曹長からリーマン少尉まで弾着位置の座標が伝えられ、リーマン少尉が地上戦艦にフィードバックする。
「目標座標E-1右方200標高015!」
リーマン少尉からの指示が地上戦艦火気管制員に届く。
ややあって、地上戦艦の艦砲射撃!
リーマン少尉の指示通りに着弾、対AT地雷を誘爆した。
続いて指示が飛ぶ!
リーマン少尉の経験値が物を云い、着弾状況から目視で次弾の座標を指示する。
「次砲、左方350上方60、効力射!」
その後、約3分に及ぶ艦砲射撃で地雷原は粗壊滅した。
リーマン少尉より後方部隊に指示が出る。
「補給の武器、弾薬、メンテナンス機器を!安全は確保されている。急げっ!」
続いて部下達に指示を飛ばす。
「陣地を設営するぞ。野営の準備っ!」
RS部隊が確保した陣地に、第七二強襲機甲部隊と第十四強襲機甲部隊・・・そして第七降下騎兵団が到着した。
通信機越しにドルフェス大尉がリーマン少尉に問う。
「補給物資は吸血部隊のみに届くのか?」
「歯痒いですな。後方の補給部隊は本作戦に参加している全AT部隊に対して動く・・・違いますかな?」
「君達の部隊は本作戦が合同で行なわれている事を忘れていないか?」
「質問は補給物資についてでは無かったのですか?」
リーマン少尉が凄む。・・・そして続けた。
「居の中の蛙どもと合同作戦など出来ませんな。我々と同レベルの部隊がここにお在りで?」
「何だと!」
「事実を申し上げたまでです。大尉も野営の準備をされた方が良いですぞ。」
ドルフェス大尉機のスコープレンズとリーマン少尉機のスコープレンズが睨み合う。
・・・丁度その頃、後方の補給部隊が発進した。

・・・シーフィルム川を横断、自身の基地に到着したデムロア星特殊防衛部隊。
そのヴェルナー少佐が指示を出す。
「本部に連絡を!スカラベ1両、スネークガンナー1両、EP-02ブロッカー1機を損失。スカラベ1両、ブロッカー2機を損傷。至急、スカラベとブロッカーの増援を!」
「少佐、我々も指令本部まで後退を・・・。あれだけの機動力を有するATを見るのは・・・自分は初めてであります。」
部隊員が云う。
「馬鹿を云え!黒門と城壁の外で奴らを叩かねばならん。我々は防衛部隊だ!
弱音を吐く様な隊員は皆無の筈だぞ!況してや機動力だけが戦を優位にする訳では無いぞっ!」
ヴェルナー少佐が渇を入れる。
「す、すみません少佐・・・。」
・・・その頃、陣地の設営が刻々と進められていた。
マッカイ曹長が奇声を上げて指示を出している。
「ワイヤーを張り巡らせろ!手を抜くなよ!・・・バイマン上等兵!地雷の設置は終わったのか!?鼠1匹とて侵入を赦すなよ!」
「けっ!ムカつく野郎だぁ!」
バイマン上等兵が歯噛みする。
「云わせておけよ。オドンの訓練基地でも毎日あれだ。流石に慣れただろ・・・。」
バイマン上等兵を宥める言葉が直ぐ後ろから訊こえた。
「ゲイガン・・・。ちっ!見たくもねぇ面ぁ見ちまったぜぇ。」
そう云って唾を吐くバイマン上等兵。
「ふっ。しかし、第二方面隊の奴らと顔を逢わせるのも久しぶりだな。」
とゲイガン上等兵。
「あぁ、云えてるな。ロニー、ディアッカ、オニール、ラドルフ・・・。」
応えるバイマン上等兵。
「他にもいやがるが・・・しかし、何故ペールゼン閣下は全AT乗りを送り込んだのだ?こんな作戦に大勢は必要無い筈だが。」
そこへ割って入るのはゲイル特技下士官だった。
「ゲイガン上等兵、準備は出来ているのか?」
「小隊長。・・・補給部隊を待たないのですか?」
「消耗部品の交換は後で構わんだろ。来いっ!」
ゲイル特技下士官が凄んだ。
「じゃあな!もう直ぐ陽が沈むぜ。」
そう云うとゲイル特技下士官と共にその場を走り去るゲイガン上等兵。
「何処行きやがる!怖くなって退散かぁ!」
バイマン上等兵が云う。ゲイガン上等兵は振り向かずに右手を振った。
不意に喉が渇いていた事に気が付いたのか、足下まで延びた蔓を鉈で伐りつけるバイマン上等兵。
中から液体が滴下、それに口を付けようとしたところで右肩を叩かれた。
「止めておけ、バイマン。デムロアは酸海・・・降る雨も水準を上回る強烈な酸だと云う。
・・・まっ、それでも枯れずにいる樹木らだからな・・・それを飲めば長生き出来るってところか?」
声を掛けたのはムーザ上等兵だった。
その後ろではグレゴルー伍長が腕組みしている。
「へっ!こんなもん飲むかって。」
バイマン上等兵は蔓から手を放した。
「バイマン、ムーザ。・・・臭わねぇか?」
グレゴルー伍長は不敵な笑みを漏らしながら問う。
「あいつら・・・。」とムーザ上等兵。
「行くかぁ?」
挑発する様な云い回しで問うグレゴルー伍長。

・・・陣地設営の中、グレゴルー小隊とゲイル小隊が忽然と姿を消した・・・。



━ 第三章 「機動力」 完 ━