デムロア攻略戦

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第六章 侵撃

日付変更時刻を過ぎた頃、ビルギギン城壁内にBフィールドCフィールドの全戦力が集結。
ややあって指令本部に二人の佐官が訪れた。
「ロターシュ・インメルマン中佐、只今到着致しました。」
「マックス・プレムリン中佐、只今到着致しました。」
二人はマントヴァ中将に敬礼する。
「無事に到着したか。」
マントヴァ中将は僅かに微笑んだ。
「遅くなり申し訳ありません。Bフィールド全戦力を移動するに予想以上の時間が掛かりまして・・・。」
ロターシュ中佐が云う。
「私も同じに・・・。」
Cフィールド司令官のマックス中佐が続いた。
「うむ。無理を承知で頼んだのだ。私の方こそ、すまなかった。」
マントヴァ中将が頭を下げた。
「閣下!お止めください!」
ロターシュ中佐とマックス中佐が声を荒げる。
「Aフィールドは九分九厘間違い無く壊滅。・・・ヴェルナー少佐の部隊も応答は無い。」
一人の将校が割って入った。
「Aフィールドのマクスタ少佐、特殊防衛部隊ヴェルナー少佐。・・・何れも優れた指揮官だった。」
マントヴァ中将が肩を落とす。
「お察し致します。」
マックス中佐が頭を下げる。それにロターシュ中佐も続いた。
「しかし、ヴェルナー少佐の部隊が壊滅したとは信じ難い・・・彼ら程の部隊が・・・。」
ロターシュ中佐は呟いた。
「上陸した敵は一騎当千の特殊部隊だ。勿論、ヴェルナー少佐の部隊が完膚無きまでに叩きのめされたとは思えん。」
マントヴァ中将は続ける。
「思えんが・・・。ここまでの時間が経過しても応答が無いとすれば、壊滅と判断した方が正しかろう。」
「ギルガメス連合が満を持して上陸させた特殊部隊と云う訳か。」
マックス中佐が確信を込めて云うと、間髪入れずにロターシュ中佐が訊く。
「マックス中佐、貴様の部隊にヴェルナー少佐と同型機は幾つある?」
「EP-02の特殊仕様か?・・・そうだな、40機弱か・・・。」
「そうか。・・・俺の部隊と変わらんな。ヴェルナー少佐の部隊を真似る積もりは無いが、スネークガンナーとスカラベは必要だな。」
マックス中佐は無言のままに頷いた。
そこに一人の将校が割って入る。
「敵は明け方には侵撃して来る筈だ。黒門を破られてはならんぞ!必ず返り討ちにしてやれ!」
「お言葉ですがそれは無理と云うものです。」
とロターシュ中佐。
「何だと!」
将校が凄んだ。
これにマックス中佐が続いた。
「全力を尽くします。ですが、敵部隊を壊滅させる事は不可能でしょう・・・。
況してヴェルナー少佐の部隊を壊滅させたのであれば、これまでの敵とは格が違います。」
「無論、死ぬまで戦います。しかし、我々が全滅した後は全将兵が玉砕覚悟で戦って頂かなければなりません。」
とロターシュ中佐が付け加える。
「そんな事は百も承知だ!しかし、貴様らは負ける事を前提に戦う積もりなのかぁ!」
将校は興奮していた。
「負ける事を前提ではありません。少しでも敵の数を減らし、後続の負担を軽減したい。それだけであります!」
マックス中佐は云う。
「気に入らん!」
将校が応えた後にマントヴァ中将が切り出した。
「出撃前だ。口論は止めたまえ。・・・ロターシュ中佐にマックス中佐、ご苦労だったな。とにかく今は休んでくれ。」
二人はマントヴァ中将に敬礼し、その場を去った。
「ヴェルナー少佐の部隊が壊滅したのは、数倍以上にも及ぶ数の敵部隊との戦闘があったからです。」
将校が彼らの後姿を見ながら云う。
「それを奴らめ、勝てぬ戦いだと断定しおって!」
怒りに満ちた表情で付け加えた。
「君こそ断定しておるぞ。」
マントヴァ中将が指摘する。
「は?」
彼は不快極まり無い表情をマントヴァ中将に向けた。
「ヴェルナー少佐が戦った相手に関しての詳細等は誰も掴んでおらんのだ。数倍以上の数であったかどうかもな。」
とマントヴァ中将。
「恐らくは100を超える数のAT部隊です。で無ければ、彼ら程の部隊が壊滅する筈ありませぬ!」
大声を上げ、その場を去る将校だった。
「そう思いたいものだよ・・・私もな・・・。」
マントヴァ中将は小さく呟き背凭れを倒した。少しでも仮眠を取る必要があったのだ。
仮眠・・・判っていても眠れない。
眠れないからこそマントヴァ中将は考えていた。
何故ここまで一方的な展開が続くのだと・・・。
Aフィールドに上陸を赦す。自動防衛機構解禁は効果無し。特殊防衛部隊に事実上の壊滅。別働隊の上陸。部下達の反乱と自決を確認。
そして最も信じ難いのはネットワークの侵入を赦したサイバー攻撃。報告されていた保安水準の高さは何の防御にもならなかった。
「手遅れになる前に・・・。やはり急がねばならんか。」
マントヴァ中将が通信マイクに口元を近づける。
「レイガン大尉。訊こえるかな?」
マントヴァ中将の問い掛けに応答があるまで5秒程の時間が経過。
「すみません閣下。つい居眠りを・・・。」
レイガン大尉の応答だ。
「寝ている処をすまない。例の件だが・・・。」
指令本部内の部下達も仮眠を取っている。マントヴァ中将は潜めて問う。
「はい。如何致しましょう。」
「老人に女と子供・・・非戦闘員の脱出。やはり明け方には決行したい。」
「そうですね。この時間では寝ている者も多いでしょうし、敵の侵撃が始まっても黒門を突破するまでの時間で充分に対応可能です。」
「惑星スロールは受け入れを承諾したのか?」
不安な趣でマントヴァ中将が問う。
「それは問題ありません。寧ろ問題なのは脱出用の宇宙艇です。老人と女子供が耐え得る事の出来るものは・・・2隻しか・・・。」
言葉に詰まったマントヴァ中将が唾を飲み込んだ。
ややあって意を結して切り出す。
「仕方あるまい。優先順位は子供と老人・・・それと動けぬ者だ。その後に女達を・・・。」
言葉を云い終わると目を閉じた。
「動けぬ者とは・・・負傷兵でありますか?」
マントヴァ中将はレイガン大尉の問いに小さく頷いた。
「畏まりました。閣下・・・大丈夫ですか?」
マントヴァ中将のやや震えていた口調が気掛かりでレイガン大尉が問う。
「ん?・・・あぁ、大丈夫だ。」
とマントヴァ中将。
「非戦闘員がビルギギン王国で生き抜くには、この要塞内しか無かったのです。閣下に責任は御座いません!」
心做しか強い口調だった。
「レイガン大尉。すまなかったね・・・ありがとう。・・・明け方まで少し休むよ。」
微かな頭痛を感じたマントヴァ中将が云う。
「了解致しました。」
レイガン大尉の言葉を最後に通信は終了した。
この後、決して深い眠りでは無かったもののマントヴァ中将はゆっくりと眠りに落ちた・・・。

小用以外の時間をATコクピット内で過ごした各特殊部隊員らが徐々に目を覚まし始めていた。
出撃までの時間は70分を切っている。
暈けた意識を必死に覚醒させようとするバイマン上等兵。ATコクピットハッチは全開になっていて、その操縦桿に両脚を掛けていた。
そこに何の前触れも無くグレゴルー伍長が横切った。こればかりは流石に身を起こして問い掛けるバイマン上等兵。
「早起きだな、小隊長さんよぅ!」
「朝飯だ。」
脚を止め一言だけ云うと、食料等が集められた場所にグレゴルー伍長は向かった。
「腹が減っては何とやらってか?」
云うなりバイマン上等兵はコクピットハッチから飛び降りる。
「ズミイシの腸詰なんざ食っても美味くはねぇがなぁ・・・。」
とバイマン上等兵。
「ハシガニの腸詰が届いてるぜぇ、バイマン。」
不意に後ろから声が掛かった。声の主を確認するバイマン上等兵。
「ムーザ・・・。」
目を細めるバイマン上等兵。
ややあって食事に有り付ける場所まで到着すると、予想以上に大勢の各部隊員が確認出来た。
「ちっ!なんでぇ、随分と賑やかだなぁ・・・。」
バイマン上等兵は嫌そうに呟く。
「これが最後の食事になる奴も居るかもしれねぇぞ。勘弁してやれやぁ、バイマン。」
とグレゴルー伍長。
闇夜での野営中に行なう食事は陰気だ。火を熾せば敵に確認される事を意味しており、煙草でさえ毛布を被って吸わなければならない。
「スカイフォークの奴ら・・・。徹夜でもしたのか?一人も姿が無いぜ。」
エイジス伍長が問う。
「かもな、機体の損傷が激しいらしい。整備に時間が掛かったんじゃねぇか?」
トーマ伍長が応えた。
そこにラドルフ伍長が割り込む。
「貴様ら、高速徹甲弾を装備しておけよ。」
「ん?・・・ラドルフか。・・・あれは反動が大き過ぎるからなぁ。ま、考えておくよ。」
トーマ伍長が云う。
「ビルギギン内部の精鋭部隊は重装甲化したATに間違いねぇぜ。」
アーマーマグナムに弾を込めながら、ラドルフ伍長が指摘する。
「何故、そう云い切れる?」
鋭い目付きでトーマ伍長が問う。
「1つ目のフルチューンでも機動性は俺達のATに遠く及ばない。それは奴らも承知している筈だ。」
トーマ伍長を見据えて更に付け加える。
「ならば機動性を殺してでも・・・。違うか?」
そう云うと、再び自身のアーマーマグナムに視線を向けた。
「なるほどな・・・。貴様の言葉・・・信じよう。」
そう云うと、トーマ伍長は清涼飲料の缶を口に運んでその場を去った。
「黒門を突破したら各小隊長の指示の下に戦闘が行なわれるだろうからな。貴様の言葉、俺の部下にも告げておくぜ。」
とエイジス伍長。
ラドルフ伍長は僅かに微笑んだ。
エイジス伍長は飲み干した清涼飲料缶を投げ捨ててその場から消えた。
「さぁて、最終点検でも行なうか・・・。」
ラドルフ伍長は立ち上がり、自身のATへと脚を運ぶ。
出撃まで50分を切っている。
整備場と化した駐機場は、ATの最終点検を行なうパイロット達の姿で埋め尽くされた・・・。
徹夜で作業を行なっていた第七降下騎兵団の部隊員らが防光シートを剥ぐっていた。
「ちっ!眠れなかったな・・・。しかし、出撃には間に合ったぜ。」
「あぁ、なんとか間に合ったな・・・。」
「ん?どうしたぁ、気に入らないのか?」
隣で不満気そうな顔をした隊員に声を掛ける。
「規定値を外れた部品が多すぎる。」
隊員は舌打ちしながら応えた。
「切りがねぇよ・・・。さぁ!出撃だぜぇ!」

出撃1分前。
日の出を待たずも辺りはかなり明るくなっている。
各特殊部隊のATは降着状態から解除されて勢い良く立ち上がった。
「前進!」
マッカイ曹長が通信機越しに怒鳴る。
RS部隊のATは歩行動作で陣地外へ出た。他の特殊部隊が駆るATも同様に動き出す。
その頃、ビルギギン指令本部では将校らが集まり出していた。皆が一様に疲れ切った趣であり、互いに言葉すら交わさなかった。
「皆、少しは眠れたかね?」
マントヴァ中将が声を掛ける。言葉も無く僅かに頭を下げるだけの部下達。そこにレイガン大尉が現れた。
「レイガン大尉・・・何か?」
将校が不機嫌そうに問う。それをマントヴァ中将が右手で制す。
「どうだ、順調かね?」
とマントヴァ中将。
「脱出艇の整備に45分。非戦闘員の乗り込み完了に90分を想定しております。」
応えるレイガン大尉。
「閣下!脱出と云われましたか?」
部下達が表情を変える。
「子供に老人、そして動けぬ者を優先させる。それでも定員に余裕があれば女達を。」
「母親と子供を引き離すお積もりですか?」
一人の将校が問い質す。
「では老人と動けぬ負傷者達は後回しにするのかね?・・・判ってくれたまえ。」
云い終えるとマントヴァ中将は目を閉じた。
内火艇でありながら脱出時にも使用されているバララント軍の宇宙艇。収容可能人数は小型機のため多くは無い。
当然ながら非武装だ。
「ビルギギン内に敵の侵入を赦したら、脱出どころでは無いですぞ!」
一人の将校が声を荒げて云う。
「易々と黒門が突破されるとは思えません。仮に突破されたとしても、それまでには間に合わせます!」
レイガン大尉は応える。
「撃ち落されん事を祈るだけだ!」
将校が云う。
彼は思っていた。それこそ愚の骨頂だと・・・。戦争時に戦闘員も非戦闘員も無いのだと・・・。

「対AT地雷は完全に排除された訳じゃ無いんだろ?」
第七二強襲機甲部隊のATパイロットが通信機越しに問う。
「運が悪けりゃ、それこそお陀仏だな。」
同部隊員が応える。
奴らなら徐行中であったとしても自走砲が身代わりになってくれるかもな。」
更に別の同部隊員が割って入った。
第十四強襲機甲部隊・・・か。確かに自走砲が護ってくれるだろうな。」
言葉を云い終わる刹那、左後方10m付近で爆発が起こった!

対AT地雷の威力は凄まじい。第七二強襲機甲部隊の1機は約6m程前方へ吹き飛ばされていたのだ。
「大丈夫かっ!おい、返事しろ!」
右脚は消え失せ、股部からメンテナンスハッチ付近が裂けているATからの応答は無かった。
「くそっ!・・・皆、散らばれ!共倒れになるぞ!」
指示通りに散開するも動揺を隠せない隊員は少なく無かった。
「運のねぇ野郎だぜ。」
バイマン上等兵はせせら笑う。
しかし、地雷原の中を平常心で突き進むのは彼だけでは無い。RS部隊の全隊員が恐れに無知であるのだ。
「密林を抜けた先10km程にビルギギンがあるらしいぜぇ。」
とグレゴルー伍長。
「亜酸化窒素の予備缶、忘れてねぇだろうなぁ。」
ハドソン伍長が自身の小隊員に問う。
「ご心配無く、小隊長さん!」
ライノン・ヘリムス上等兵が応える。
更に同小隊のナディア・ローアン上等兵が続いた。
「ビルギギンの黒門とやら・・・。早くお目にかかりてぇもんだぜ。」
「ナディア上等兵。密林を抜けて直ぐに現れる訳じゃねぇからよ。ま・・・気長に待ちなぁ。」
にやけながらハドソン伍長が云った。

「閣下!トラブルです!」
レイガン大尉からの通信だった。
直ぐにマントヴァ中将が応答、レイガン大尉は手短に説明する。
「脱出に異議を唱える者が多数・・・。死ぬなら母国で死ぬ。共に戦わせろ・・・と。」
「脱出を受け入れた者は?」
一呼吸の後、マントヴァ中将は問う。
「動けぬ者と老人達です。」
レイガン大尉の後に一人の将校が続いた。
「閣下!この事態にトラブルなんぞ相手にしている時間は・・・。」
言葉を云い終わる前にマントヴァ中将が右手で制した。
「受け入れた者だけで良い。脱出艇の準備はどうなっている?」
目を閉じ、通信機越しにマントヴァ中将が問う。
「整備兵が遅れておりまして・・・。申し訳ありません。」
間髪入れずレイガン大尉が応える。
「急がせろ。遅れれば遅れた分だけ脱出出来る可能性は少なくなる。・・・頼んだぞ、レイガン大尉!」
マントヴァ中将は命じた。
敵の侵撃は既に始まっている。
マントヴァ中将が、密林地帯を抜けて黒門までの約10kmに配置された掩蔽壕に籠る兵士達へ通信機越しに檄を飛ばす。
「諸君、決戦の時は来た。今更云うまでも無いが、死ぬ前に敵を一人でも多く道連れにするのだ。散って行った仲間達のためにも!」
込み上げる気持ちを抑えるマントヴァ中将。
目を閉じ深く息を吸った。
ややあって、ゆっくりと目を開け、更に続ける。
「諸君らと共に戦える事を誇りに思う。・・・また逢おう!ギルガメスの戯けどもに一撃を喰らわしてっ!必ずや!必ずや逢おう!」
掩蔽壕を揺るがすかの如く・・・否ビルギギンの大地を揺るがすかの如く、マントヴァ中将の言葉に喊声が上がった!
互いに逢えるのは・・・あの世になるだろう。
しかし、突然の爆発音が彼らの士気を一瞬にして吹き飛ばした。
アウトレンジにして、約40kmの距離から着弾した46cm砲の威力!
「物凄いエネルギー干渉だっ!」
掩蔽壕に籠る兵士が思わず声に出した。
「体感級の砲撃だっ!まともに喰らったら一溜りも無いな・・・。」
声を震わせて応える兵士。
上陸した地上戦艦で45口径長46cm砲を装備している艦は1隻であるが、音速の2倍となる速度で発射される砲弾の破壊力は空前絶後だ。
無論、発射時の衝撃も凄まじい。
試作の時点で、40km先の50cmに及ぶ合金壁を貫通していた事実がそれを物語っているであろう。
「この砲撃で当たらなければ、おめでとうって処だな・・・。」
着弾時の振動に耐えながらも兵士は呟いた。
「AT部隊が侵撃して来るぞ。侵撃前の砲撃に間違いは無い!」
その呟きに一人の兵士が応える。
「来るなら来い!返り討ちにしてやるぜっ!」
必死に士気を高める声にも訊こえた。
密林地帯を抜けようとしていた各特殊部隊にも前方で捲れ上がる赤黒い火炎は確認が出来ていた。地響きを上げている爆発音も同様に。
「へっ!遣っちまえ!皆殺しにしろってんだぁぁぁ!」
バイマン上等兵がにやけながら云う。
「艦砲射撃なんかで撃滅出来るもんじゃねぇさ・・・。」
グレゴルー伍長が続いた。
「判ってるよっ!だが、掩蔽壕の奴らなんかを相手にする趣味は無いんでねぇ。」
応えるバイマン上等兵に、ムーザ上等兵が割って入る。
「文句ばかり云ってねぇで、しっかり全滅させろよぅバイマン!」
「ムーザ!手前ぇなんかに云われなくともその積もりだ!」
唾を吐き捨てるかの様なバイマン上等兵の応答だった。
「あと数分で艦砲射撃は終わる。掩蔽壕を全滅させ、黒門まで一気に走り抜けるぞ!」
グレゴルー伍長が命じた。
「了解だぁ!」
バイマン上等兵は余裕の笑みを見せながら応える。無言であるがムーザ上等兵も頷いていた。
「黒門一番乗りは俺達だぁっ!」
そう云うとATヘルメット越しに両手で自身の顔を叩くグレゴルー伍長だった。

数秒後に艦砲射撃は止んだ。
粗同時にアクセルペダルが踏み込まれ、各特殊部隊のATは侵撃を開始。
ロケットエンジンにアクセルペダルがリンクしている容を採る第十四強襲機甲部隊の自走砲。
その高速性能が遺憾無く発揮される。
「密林地帯とは打って変わり威勢が良いなぁ!」
RS部隊ヘルムート小隊の小隊長、ヘルムート・J・レイン伍長が呟く。
「直進性重視だぁ、撃破されますよ!」
同小隊ジャムラー・トンプソン上等兵が続き、更に同小隊ノートン・ベイカー上等兵が割って入る。
「けっ!んな事より油断して遣られるなよぅ。黒門を拝む前にあの世へ行きやがったら、一生笑ってやるぜぇ!」
進行方向を予測不可能とする不規則な蛇行で、掩蔽壕からの攻撃を物ともしないRS部隊。
しかし、その後方でATが爆発!大破した。
大破したのは第七二強襲機甲部隊のATだった。掩蔽壕から放たれる120mm砲を諸に喰らってしまったらしい。
「後ろを気にするなっ!前だけを見ていろっ!」
第七二強襲機甲部隊のATパイロットが叫ぶ。
その言葉も虚しくATコクピット周辺に掩蔽壕30mmガトリング砲の砲弾を喰らって内部から破裂するかの如く同部隊のATが砕け散った。
使用されている砲弾は、対装甲用焼夷徹甲弾だ。
徹甲弾内部に焼夷剤が充填されており、命中貫通後に爆発する非常に強力な砲弾である。
最高発射速度は毎分4,100発にも及び、敵を瞬時に殲滅する事が可能で、120mm砲と共に敵の侵攻を食い止めるには申し分の無い兵器だ。
ガトリング砲の基部が360度回転可能であるも、
掩蔽壕に据えられているため、攻撃有効範囲は左右其々45度が限度だろう。
それでも地上部隊からは脅威に値する兵器である事に間違いは無い。
通常のAT部隊では歯が立たない存在である。
「固まるな!数機でダンゴ状態だと却って狙われるぞっ!」
第七降下騎兵団のATパイロットが叫ぶ。
重心移動の反復が、非情にもATパイロットの身体を虐める。
「アクセルを緩めたら撃破されると思えっ!」
ドルフェス大尉が部下達に檄を飛ばす。
圧搾!そうだ、ATコクピット内は圧搾機と化していたのだ。
その圧力に負けてアクセルを緩めてしまう・・・。
「ぐぁっ!」前方に着弾した120mm砲の爆風が襲い掛かる!
その爆風を諸に喰らったのは、第十四強襲機甲部隊のATだ。
自走砲と共に横転。更に30mmガトリング砲が止めを刺す!
「Aラインは突破させぬ!此処で全滅させて遣るっ!」
掩蔽壕に籠る兵士は叫びながらもトリガーを引き続けた。
「ってー!」
120mm砲が火を噴き、30mmガトリング砲が唸りを上げる。
容赦無き攻撃に、どれだけのATが撃破されたのだろうか。
「状況報告を。Aラインは突破されたのか?」
ビルギギン指令本部では悲鳴の様な遣り取りが充満していた。
「第6、第27、第33の掩蔽壕・・・沈黙。しかし、これは長距離砲からの攻撃で破壊されたものと思料致します。」
部下が報告する。
「42ヶ所あるAラインの掩蔽壕ですが既に9ヶ所は沈黙です。」
割って入る将校。
マントヴァ中将は無言であった。
「艦砲射撃が止んだのであればAT部隊が侵撃を開始している筈。機能している掩蔽壕は33ヶ所だ。侵撃を阻止出来るかもしれん!」
部下達の遣り取りを制するかの如くマントヴァ中将が重く切り出した。
「安易な発言は止めたまえ・・・。状況確認を絶やすな。」
「はっ!」
部下達は頭を下げた。
しかし、Aラインが突破されると決まった訳では無い。将校ら数名は目を合わせながら互いの意思を確認した。
その数秒後に一人の将校がマントヴァ中将に問い掛ける。
「閣下。まだ負けると決まった戦では御座いません。お気持ちを確かに!閣下が弱気では士気が下がります!」
その言葉を告げた将校にマントヴァ中将の鋭い眼光が向けられた。
「言葉を慎めっ!」
沈黙が続くも将校は震えていた。
・・・無理も無いだろう。マントヴァ中将は瞬きをせず、その将校を見据えていたのだ。
「も、申し訳ありません。」
指令本部に冷えびえとした沈黙が残ったが、マントヴァ中将は更に付け加えた。
「気持ちは判る。しかしな・・・この様な時だからこそ冷静に状況を分析しなければならんのだよ。」
その将校を見据えるマントヴァ中将の眼光からは既に剣が消えていた。
「はい。」
頭を深く下げる将校に、他の部下達も続いた。
マントヴァ中将こそ忠誠を誓える人物の筈だった。
そうだ。
我々はマントヴァ中将に忠誠を誓った。絶望の窮地を何度も救ってくれた人物である事を忘れたのか。
悲鳴を上げたい心境とは正に今この瞬間を云うのであろう。
ほんの一瞬でもマントヴァ中将を疑った自分を赦せない。
そう思うは、問い質した将校だけで無くマントヴァ中将に仕える将校ら皆であった。
狂気に陥ってもおかしく無い状況の中でさえマントヴァ中将だけは至って冷静だったのだ。

120mm砲の爆音が大地を揺るがす。第十四強襲機甲部隊のATが自走砲と共に大破、赤黒い熱炎が捲れ上がった。
それを躱せずに、数機のATが自走砲諸共激しく横転した。
直線的軌道で侵撃する第十四強襲機甲部隊は恰好の餌食となり掩蔽壕に籠る兵士らの士気を一様に高ぶらせた。
しかし、そんな意気込みを瞬刻に撃ち砕く光景が飛び込む。
前方1時方向に位置する掩蔽壕が激しい爆音と共に四散したのだ。
大破した120mm砲が宙を舞い、30mmガトリング砲や掩蔽壕外壁の破片も辺りに散らばった。
「遣られたのか!」
120mm砲兵が叫ぶ。彼は瞬時に前方を確認、そこには激しい蛇行で侵撃するATの姿があった。更に倍率を上げる!
「あ、あれは・・・?」
ATが装備している機関銃の銃口に擲弾を確認した。
「伝達。擲弾装備のATを確認した。攻撃目標を優先させろ!」
無線を通じて掩蔽壕各処に連絡が入った。
専用の薬筒は使用せずにGAT-22の銃口に装着させ、発射の際はGAT-22の銃弾を用いる。
擲弾は、銃弾を受ける部分と飛翔する部分とに分離する構成を採っている。
これにより発射時の反動を相殺させる事が可能で、試作時よりも一段と命中率は向上した。
しかし、発射する度に銃口へ擲弾を装填しなければならない運用法がデメリットとされ、一部の特殊部隊を除き、使用が確認された事実は皆無だ。
「!」掩蔽壕の兵士は驚愕した。
敵ATはあれだけの速度域を保ち、更に蛇行しながらも一発必中で掩蔽壕を仕留めているのだ。
「当たらねぇ・・・。なんて動きをしやがる!」
120mm砲は愚か30mmガトリング砲でさえ敵ATを沈める事が出来ない。
「特徴を掴んだぞ。敵AT右肩のアーマーを確認しろ!赤い塗装がされている!右肩が赤いATに注意するんだ!」
通信機越しにノイズ混じりの連絡を確認。
・・・右肩の赤いATに注意・・・。何だと云うのだ!そのATが一体何だと云うのだ!

3機1組で構成されているRS部隊の各小隊は、先頭引きする機体のみに擲弾を装備させていた。
「ギリアム上等兵、11時の方向に掩蔽壕を確認した。」
小隊長のラドルフ伍長が伝える。
「確認しましたぜぇ。」
応えるギリアム上等兵。
「行くぞ!」
とマンフレート上等兵が続く。
アクセル全開で突撃するラドルフ小隊。掩蔽壕の30mmガトリング砲兵が向かって来るATに気付いた。
「来るぞ!」
砲兵は叫びながらガトリング砲を乱射した。
「こ、こいつらか・・・。おい、確認したぞっ!右肩の赤いATだぁっ!」
その言葉に120mm砲兵も視線を向ける。トリガーを引いた!
120mm砲が火を吹く。しかし、虚しくもAT後方に着弾する。
「は、速い!」
思わず口にする120mm砲兵。間髪入れずにガトリング砲兵が指摘をする。
「異常な速度だ・・・。弾着地点、手前を狙えっ!」
撃ち続けるも接近するATは依然として健在だ。擲弾有効射程距離に突入したラドルフ小隊。
ギリアム上等兵が一瞬直進に切り替えた。
炎尾を曳いて飛ぶ擲弾は狙い違わず掩蔽壕に命中。木端微塵に爆発炎上四散した。
「良い腕だ。」
抑揚無くラドルフ伍長が云う。
「RS部隊の奴らめ。GAT-22に擲弾を装備させていたか・・・。」
擲弾使用の光景を確認し、第十四強襲機甲部隊員が呟いた。
「おい、10時方向だ!敵の戦車部隊を発見したぞ!」
行く手を遮られながらも、新たな敵影を確認した第七二強襲機甲部隊員が報告する。
「俺も確認したぁっ!行こうぜぇっ!」
同部隊員らはアクセルを一杯に踏み込む。7機のATが敵影に向かって突撃した。
「馬鹿めっ!俺達に気が付いていないぞっ!」
除々にではあるが、ビューファインダーに敵戦車部隊の映像が鮮明に映し出される。
「し、しまったぁ!」
ATパイロットが映し出された映像に慌てふためく。
「こ、これは・・・デコイだっ!」
7機のATは急停止し、辺りを確認する。
確認出来るのは、敵を欺瞞して目標を誤認させるために設置されていたスカラベのデコイだった。
「あぁ!」
一人のATパイロットが叫んだ。
無理も無い!
間近に掩蔽壕が確認されたのだから・・・。
7機のATは死に物狂いでGAT-22を乱射させながら機体を後退させる。
虚しくも同胞2機のATが轟音と共に四散した。
「ラーズッ!・・・マシュリーッ!」
散った同胞の名を叫ぶATパイロットだが、自機の右腕も吹き飛ばされ体勢を崩された。
「野郎っ!」
その言葉も敢え無く最後を遂げる。慈悲を全く示さない攻撃に残りのATも火達磨と化した。
「デコイが役に立つとはなぁ!」
砲兵の口元が緩む。
その刹那、大破したATの火炎を切り裂いて特攻する物体を確認した。
「!」外壁は砕け、砲兵の籠る内部にも爆発時の火炎が侵入。
悲惨にも即死しなかった砲兵数名は自身の身体が焼かれる感覚を味わった。
破壊した物体は、第十四強襲機甲部隊の自走砲だった。
彼らは、掩蔽壕目掛けて放棄した自走砲を擲弾代わりに使用したのである。
「推進剤の爆発は掩蔽壕を破壊するに申し分無かろう!」
第十四強襲機甲部隊の隊長、ライト大尉が云った。
疾走しながらの自走砲放棄は危険な行為である事に間違いは無い。ATが着地する際に体勢を崩せば転倒は必至だ。
「ほぅ・・・。なかなか遣るじゃねぇか。」
RS部隊カークス小隊の小隊長、カークス・エジール伍長が呟く。
「選抜されただけの事は有りそうかぁ?」
同小隊のジュノー・アーシタ上等兵が割って入る。
「自走砲を擲弾代わりとは面白ぇじゃねぇか。」
同小隊である、マンジェロ・ボーン上等兵も続いた。
「くそぅ!このままではAラインを突破されるぞっ!」砲兵らも必死に迎え撃つが、破壊される掩蔽壕は数を増した。

「状況は?」
ビルギギン指令本部の将校が確認を求めていた。
「かなり厳しく・・・。侵撃するAT部隊に圧倒されつつあります。」
「掩蔽壕の数は?」
「残り19ヶ所が健在。・・・他は沈黙です。」
「閣下っ!」
将校らがマントヴァ中将に判断を委ねる。
「Aライン突破は時間の問題だな。」
云い終わると目を閉じ、数秒後に付け加えた。
「ロターシュ中佐とマックス中佐の部隊をDライン上に配置。城壁の要塞砲は何時でも撃てる態勢に。」
「閣下。要塞砲の攻撃可能範囲を突破されますと・・・。」
一人の将校が問う。
「うむ。間近まで接近されれば要塞砲は役に立たん。阻止限界点。所謂ゼロバリアを越えられた場合、黒門が破られる事は必至だ。」
「しかし、AT如きが黒門を破る程の兵器を持ち合わせているでしょうか。」
「ギルガメス連合のATを舐めてはいかん。7206年のパルミス戦役ではミーズ級宇宙戦艦がAT部隊に沈められている。」
「ビルアット協定を無視した核弾頭による攻撃があったと訊いておりますが・・・。」
「噂であって、事実は判らん。何れにせよ、パルミス戦役から既に2年を経過した。戦艦クラスの熱線砲を運用している可能性は否めん。」
将校らは黙り込んだ。
確かにATが戦場に現れてから戦況は一変したと云っても過言では無い。AT開発の遅れが影響すると云うのか?
否、ATを撃ち砕く兵器は幾らでも存在する。では何が此処まで影響すると云うのだ?ATの数なら此方も負けてはいない。
「人海戦術なら我国の方が長けているのだよ。」
考え込む将校らを察してか、マントヴァ中将が切り出した。
「ヴェルナー少佐の様な特殊AT部隊も存在する。・・・しかしな・・・。」
将校らは続く言葉を待った。
「一騎当千の精鋭部隊を上陸させてしまった。その部隊を負かすに必要なのは物量では無い。」
「と云いますと。」
「彼らに匹敵、或いは勝るATパイロット。我国に必要なのは、正にそれなのだよ。」
その言葉に将校らは愕然とした。
「故に我々の命は砕け、ギルガメスの支配する時代が来るのかもしれぬ・・・。」
マントヴァ中将は続ける。
「故に仲間を見捨てる時代が来るのかもしれぬ。・・・だが!」
マントヴァ中将が腰を上げて云い放つ。
「それは今日では無いっ!今日は戦う日なのだっ!我々の全てに懸けて、この場に踏み止まり戦う日なのだっ!」
指令本部はこの言葉に喊声を上げた。

「ちっ!威力が足りねぇ!」
第七二強襲機甲部隊のATが、GAT-22上部に仕込まれているグレネード弾を掩蔽壕へ放ったが破壊までには至らなかった。
即座にグライディングホイールを反転させ、GAT-22を地面に乱射する。
舞う砂塵が煙幕となり砲兵の視界を奪う。
ガトリング砲で盲撃ちするも離脱するATを沈め損なった。
「糞がぁ!」砲兵が呻く。
「任せろっ!」
離脱するATを右側にして、第七降下騎兵団のATパイロットが交錯の際に云う。
交錯する瞬間、第七降下騎兵団らがパラシュートザックからMCA-628兵装制御のバックパックに変装を行なっていた事を確認した。
「頼んだぜっ!」
第七二強襲機甲部隊のATパイロットが応答した。
「喰らえっ!」
ショルダーミサイルポッドから2発が放たれ、掩蔽壕目掛けて飛翔する。
2発のミサイルは砂塵を切り裂いて掩蔽壕に命中。先に放たれたグレネード弾の影響もあって外壁が完全に破壊される。
「あぁ!」
爆風と爆炎が砲兵に牙を剥く。
残り僅かの命と察して砲兵は妻の名を呟いた。その後、間も無く絶命した。
「噴進砲、健在だろうなぁ!」
第七二強襲機甲部隊のATパイロットが誰とは無く通信機越しに問う。
「先頭の俺達が生き残ってるんだ!心配無いだろうぜっ!」
蛇行を繰り返しながら、自走砲を放棄した第十四強襲機甲部隊が応答する。
「黒門までは持ち堪えろよっ!」
第七降下騎兵団のATパイロットも続いた。
350mm多連装噴進砲。この兵器で黒門をぶち抜こうと云う訳である。しかしながら 7,820kgにも及ぶ総重量が移動を困難とするのだ。
本来は装甲車両で牽引する予定であったが、目立ち過ぎるとの見解で却下された。
故に2機のATで後方から運搬すると云う作戦である。
運搬を担当するのは第七二強襲機甲部隊だった。侵撃する同胞ら最後尾と250mの距離を保ちながらの運搬が義務付けられている。
「遅れるなっ!俺達が辿り着かなければ黒門の突破は無いものと思えっ!」
ATパイロットが云う。
「判ってるよ。そっちこそ転倒するなよっ!」
地盤は密林地帯を思えば同じ不整地でも段違いの安定性であるが、油断は禁物であった。

ダフィー上等兵機がGAT-32を放つ。
掩蔽壕の外壁に接触した事で特殊保護膜は砕け、エネルギーが一気に放出される。
眩い光と共に掩蔽壕の外壁が蒸発する。衰える事を知らぬエネルギーは、その内部に籠っていた砲兵らをも蒸発させた。
「けっ!奴らに擲弾装備は必要無しってかぁ?」
バイマン上等兵が呻く。
「集中しろ、バイマン!装填するぞっ!」
先頭引きするグレゴルー伍長が命じる。グレゴルー伍長機を左右から2機のATが追い抜いた。
グレゴルー伍長機から右手にムーザ上等兵機、左手にバイマン上等兵機だ。擲弾装填時間を2機のATが掩護する訳だ。
掩蔽壕の外壁に砲弾が集中する。
それに伴い砲兵の眼前を火花が散った。更に60mmロケット弾が命中し、僅かであるも外壁を砕いた。
間髪入れずにガトリング砲が応戦する。重心移動を用いて砲弾を躱す敵AT。躱しながらもムーザ上等兵は地面を乱射。
砂塵が巻き起こり砲兵の視界を遮る。その刹那、グレゴルー伍長からの声が訊こえた。
「装填完了!」
アクセルが踏み込まれ、脚部ロケットエンジンが火を吹く。
「小隊長、1時の方向だっ!」
砂塵による視界不良をムーザ上等兵が穴埋めする。その言葉通りに擲弾を発射するグレゴルー伍長。
「馬鹿なっ!」
擲弾は狙い違わず掩蔽壕の外壁に命中。爆圧で後方に吹き飛ばされる砲兵は、砂塵の外から命中させた事に驚愕した。
「あばよぅ!」
云いながらも砕け散った外壁の大穴目掛けて、60mmロケット砲を放つバイマン上等兵。
掩蔽壕が内部からも爆発する。
抜群の連携攻撃。RS部隊は其々が一騎当千のATパイロットだ。それらがチームを組むのだから、破壊力は此の上無く凄まじいのだ!
「このまま直進するぞっ!」グレゴルー伍長が云う。
「マップファイルに間違いが無ければ、俺達は敵の防衛線を突破した筈だぜぇ。」
バイマン上等兵がふてぶてしく続いた。
「しっかりファイルを確認しろよ、バイマン!」
ムーザ上等兵が割って入る。
「あぁ?」
間髪入れずにバイマン上等兵が凄んだ。
「特火点の据えられているラインは黒門までに4つ確認出来る。」
とムーザ上等兵。
バイマン上等兵の応答が無いためか、更に続けた。
「俺達は、1つの防衛線を抜けたに過ぎない。」
ムーザ上等兵が云い終わると直ぐにグレゴルー伍長が続いた。
「ま、Aライン突破って処だなぁ・・・。」
そのグレゴルー伍長の言葉に意外な隊員から応答が入った。
「黒門一番乗りを断言した割には差が無い様だなぁ、グレゴルー。」
言葉の主はゲイル特技下士官だった。
「ゲイル・・・。ふっ、しぶとい野郎だなお前ぇもよ。」
グレゴルー伍長が鼻で笑いながら云う。
「そうじゃない。他の奴らも防衛線を抜けているぞ。」
抑揚無くゲイル特技下士官が指摘した。
「あぁ?」
即座にゴーグル表示を確認するグレゴルー伍長。
「けっ!吸血部隊は誰一人として斃らなかったか。」
とグレゴルー伍長。間髪入れずにアクセルを踏み込んだ。
遅れてAラインを突破したのは第七降下騎兵団だった。それに続けとばかりに、第十四、第七二強襲機甲部隊もAラインを粗同時に突破。

Aライン上にある掩蔽壕。
健在であればビルギギン指令本部の大型スクリーンモニターに青く点灯するのだが・・・。
「閣下・・・。Aライン突破されました。全ての掩蔽壕が沈黙です。」
部下が報告する。
「予想以上に早いな・・・。撃破した敵ATの数は?」
マントヴァ中将は問う。
「掩蔽壕沈黙前に報告された数値ですが・・・。」
「構わんよ。」
「32機までは確認したとの事です。」
この言葉に一人の将校が声を荒げた。
「馬鹿なっ!少ない・・・。最低でも、その倍は沈めていなければならん!」
その将校を右手で制すマントヴァ中将。更に問い質した。
「他に情報は?」
「はっ!妙な遣り取りが・・・。」
部下が詰まる。
「続けろ。」
とマントヴァ中将。
「はい。砲兵の遣り取りなのですが・・・。[右肩の赤いATに注意しろ]・・・と。」
将校らが目を細めた。詳細など掴める筈も無かったが、その遣り取りを不気味に感じたマントヴァ中将は暫し黙り込んでしまった。
「閣下。如何致しましたか?」
ややあって、一人の部下が声を掛けた。
「ん?・・・いや、何でも無い。」
一呼吸入れて付け加える。
「Bライン、Cライン上のスカラベとスネークガンナーをDラインに集めろっ!」
「し、しかし・・・それではBラインとCラインが掩蔽壕のみと云う事に・・・。」
「Dラインで徹底的に叩くのだ。故に戦車部隊の数は増やさねばならん。その最終防衛線を抜けた敵ATは要塞砲で討つ。」
重々しいマントヴァ中将の言葉に、部下が伝達を急ぐ。
掩蔽壕に籠る砲兵らの気持ちを考えれば辛いが、心を鬼にしての伝達であった。

「自走砲が健在な者は?」
第十四強襲機甲部隊の部隊長、ライト大尉が部下らに問う。6機からの応答が確認された。
「貴様ら、急ぐ必要は無いぞ。」
共通回線では無く、直接回線での指示が行なわれていた。
「先頭のRS部隊に遣らせておけ。否応無しにでも奴らが掩蔽壕を破壊してくれる。我々は、その後から参戦すれば良い。」
「了解!」
RS部隊の死に様を自身の目に焼き付けたいと思う隊員も少なくは無い。
故に間髪入れずの応答だった。
「ん?」
第十四強襲機甲部隊の速度が若干落ちた事に気付いた第七二強襲機甲部隊のATパイロットは同部隊員に確認する。
「妙だな。第十四強襲機甲部隊の奴ら、速度を落としたぞ・・・。」
「へっ、怖気付いたかぁ?」
応える同部隊員。
「・・・。」
黙り込む第七二強襲機甲部隊員だったが、それ以上は考えず次の防衛線に備えた。
丁度その頃、スカラベとスネークガンナーがDラインまで後退を開始した。
「すまん・・・。頑張ってくれっ!」スカラベ操縦士が掩蔽壕の砲兵に云う。
「あぁ、貴様もなぁっ!」笑顔で応答する砲兵。その応答にスカラベ操縦士は無言で涙を流した。遠ざかる掩蔽壕を見て、彼は心に誓った。
‘貴様らだけを死なせはしない。必ず俺達も後から行く!’・・・と。

「はっはっはっはっ!」
突然にして、グレゴルー伍長が笑い出した。
「どうしたぁ?」
バイマン上等兵が訊く。
「案外、俺は真面目なのかもしれねぇと思ってよ。」
応えるグレゴルー伍長。
「あぁ?・・・俺より先に狂ったかぁ?」
とバイマン上等兵。
「訊けっ!」
グレゴルー伍長の云い回しにバイマン上等兵は黙り込んだ。ふざけた会話で無い事を察したのであろう。
「Aライン上の掩蔽壕は、俺達、吸血部隊が全滅させた・・・真面目にな。」
グレゴルー伍長は目を細めた。更に続ける。
「だが、何も先頭引きする奴が担当しなきゃならん訳でもあるまい。」
言葉を云い終わると間髪入れずにムーザ上等兵が応答した。
「確かにな。・・・で?」
「これより先は、進攻方向にある障害のみを破壊する。」
グレゴルー伍長は僅かに笑みを浮かべた。
「そうだな。弾薬を節約ってのも大事だしなぁ。」
バイマン上等兵が奇声を上げる。
「それが嫌なら俺達の前を行けってよぅ!」
云うとグレゴルー伍長が亜酸化窒素切替えレバーを引き上げた。
グレゴルー小隊が速度を上げた事に気付いた他のRS部隊各小隊機。遣らせるかと云わんばかりに機体を加速させる。
「ん?」
ビューファインダー左隅に機影を確認したグレゴルー伍長。特徴的な大型折畳式ブレードアンテナが誰の機体であるかを教えた。
「・・・所長か。」
脚部にロケットエンジンを仕込んだ特殊仕様では無いリーマン少尉機の並走。その光景に思わず声を出した。
「チーム員の2機がSTTCである事を考えりゃ、一目瞭然だが・・・。相当に手を入れた機体だな。」
砂塵を巻き上げながら疾走するリーマン小隊。小隊員はマッカイ曹長とドリー・マクドウェリオ伍長共にRS部隊の古株である。
「これならどうだぁ?」
更に加速するグレゴルー伍長機。明らかに挑発的な行動だ。バイマン上等兵とムーザ上等兵もそれに続く。
数秒後、余裕の笑みを見せながらグレゴルー伍長がゴーグル表示を確認。
「!」目を疑う光景が飛び込む。
「何っ!」
グレゴルー伍長が呻いた。リーマン小隊は彼らの真横だった。
その刹那、リーマン少尉機が加速する。小隊機もそれに続いた。
「何だってんだぁ?凄まじく過激な機体だぜぇ!STTCを凌ぐ、じゃじゃ馬だってのかよ。」
グレゴルー伍長が呟く。
「おいおい、戦意喪失してる場合じゃねぇぞ!小隊長さんよぅ!」
バイマン上等兵からの通信だ。それにムーザ上等兵が続く。
「奴らも接近して来るぜ!」
その通りだった。グレゴルー小隊の後方25mには各小隊機が迫っている。
「へっ!オドンでの訓練をさぼってた付けが回ったかぁ?。」
歯噛みするグレゴルー伍長。
「黒門一番乗りは俺達だろうがぁ!」
バイマン上等兵機が加速する。
「違ぇねぇ!」
グレゴルー伍長も大声を上げながら機体を加速させた。
一万人に一人の資格者も無いとされる精鋭部隊。RS部隊。その彼らを待ち受けるBラインまでの距離は既に400mを切った。

時を同じくして、指令本部に情報システム員からの報告が届いていた。
オペレータが将校に報告書を手渡すと間髪入れずに読み上げた。
「軌道ミサイル発射の起動と同時に不正プログラムが発動。第一次不正プログラムはルーウェン大陸各国への軌道ミサイル発射である。」
読み上げる将校がマントヴァ中将に視線を向けた。
マントヴァ中将は無言であるも、その目が[続けろ]と命じていた。
「ロジックボム3件の削除に成功するも他のボムは未確認。これ以上の調査は袋小路であり、此処に作業の終了を報告する。」
云い終わると、将校は報告書をマントヴァ中将に差し出した。
「システム員に回線を繋げ。」
報告書を受け取り、オペレータに指示するマントヴァ中将。暫しの沈黙が指令本部を包み込んだ。
「閣下、回線00-3です。」
静寂を破りオペレータの報告が飛ぶ。
その言葉にマントヴァ中将が素早い仕草で回線スイッチを操作した。
「削除したプログラムの詳細報告を。」
早口にマントヴァ中将は云う。
「閣下!」
間髪入れずに応答され、その声は回答を続ける。
「廻廊に設置されている自動監視カメラの無効化、動体検知式自動制御銃の無効化、そして脱出艇専用門開閉の無効化。以上3件です。」
「完全に削除したのか?」
鋭い眼光で問うマントヴァ中将。
「3件の無効化は回避です。間違いありません。」
そのシステム員の口調に指令本部の誰もが確信した。[3件の回避は成功した]・・・と。
「了解した。削除出来なかった部分に関しては、どう対処すれば良いのか?」
マントヴァ中将が最後の不明点を問い質した。
「申し訳ありません。それに関しましては不正プログラムが実行された際でなければ、今は何とも云えません。」
「・・・そうか、判った。・・・今後も監視を頼むぞ。」
とマントヴァ中将。そこで通信は終了した。
「・・・閣下。」
一人の部下が不安を隠し切れない趣でマントヴァ中将に歩み寄る。それを上官が制した。
「止めておけ。」
潜めて云う上官の眼差し。彼は続ける。
「怯んではならん。我々に降伏は無いのだ。」
そう云うと部下の肩を叩いた。無言であったが部下も静かに頷いた。

その頃、砂塵を巻き上げてRS部隊機がBラインに突入。
「撃ちまくれぇ!」砲兵が叫ぶ。
「ドリー伍長、10時方向の掩蔽壕に擲弾!」
リーマン少尉が命じる。
その言葉に応えるドリー伍長。狙い違わず掩蔽壕の外壁に命中した。
「ぐわぁ!」
外壁が破壊され、その爆圧が砲兵を襲う。
ドリー伍長は機体を右方向に傾けた。その後方に位置したマッカイ曹長機が、ショルダーミサイルポッドから1発を発射する。
「糞っ!」
炎尾を曳いて向かって来るミサイルに、120mm砲兵は観念した。外壁の大穴を通過したミサイルが爆発し、掩蔽壕を破壊。
「先には行かせねぇ!」
グレゴルー伍長が呻く。
擲弾装填に速度を落とすと、バイマン上等兵機とムーザ上等兵機が掩護した。その刹那!
「何っ!」
グレゴルー小隊の10m左を光弾が駆け抜けた。
掩蔽壕が蒸発する光景に、誰が放ったかを直ぐに察してグレゴルー伍長が凄む。
「邪魔するな、ゲイル!」
「無駄口叩く暇があったら装填を完了させろよ。」
抑揚無いゲイル特技下士官からの応答だ。
「喰らえっ!」
シュナイダー小隊員、ヴォーゲル・D・アルセン上等兵が云うなり左腕に装着させたHMAT-31対戦車ミサイルの1発を発射した。
現時点で特殊部隊のみの使用が確認されている装備であり、無誘導式ミサイル2発が発射出来る砲台をATの左腕に装着させる仕組みだ。
狙い違わず対戦車ミサイルは掩蔽壕の外壁に命中。間髪入れずにシュナイダー・J・ファルコ伍長がSAT-03を放つ。
「あぁぁ!」
砲兵らの叫び声は爆発音に掻き消された。怒涛の如くBラインに押し寄せるRS部隊。
「何としても突破させるな!撃ちまくれぇ!」
砲兵らは懸命に応戦する。
しかし、虚しくも次々と敵AT部隊が防衛線を突破してしまう。
「お、おい!後続の奴らが来るぞっ!」
RS部隊からの攻撃を免れた掩蔽壕砲兵が伝達する。
その頃、第十四強襲機甲部隊のライト大尉が前方の赤黒い火炎を確認。部下達に直接回線で命じた。
「予想通りに全滅させてくれたらしい。さぁ!行くぞっ!」
部隊長の言葉に喊声を上げ、第十四強襲機甲部隊は一気に加速した!
「後続だと?」
伝達を確認した砲兵が問う。
「既に肉眼で確認出来る距離だ!120mmで先制を頼むっ!」
「了解だぁ!」
前方にある砂塵を観測。弾着地点を割り出し砲撃を開始。

「閣下!Bライン突破されましたっ!」
指令本部も一段と慌しさを増しているのが判る。
「Bラインの掩蔽壕は全滅して居らん。にも関わらずAT部隊は強行突破を?」
一人の将校が続いた。
「戦法を変えたのか・・・。いかん!Bラインより後退した戦車部隊の位置は?」
マントヴァ中将が確認する。
「はっ!未だCラインにも到達しておりません!」
オペレータが応える。
「Cラインからの戦車部隊はどうか!」
将校が声を荒げて問う。
「Dラインまでは到達しておりません!」
「閣下!ご命令を!」
将校は鬼気迫る形相でマントヴァ中将に縋った。僅かな沈黙の後、マントヴァ中将が切り出した。
「已むを得ん。Cラインの戦車部隊はそのままDラインまで後退。Bラインの戦車部隊は即座に停止。その場で応戦する!」
「・・・はい。直ぐにBライン戦車部隊に伝達をっ!」
哀惜の念に堪えない。しかし、将校はオペレータに指示を飛ばした。
120mm砲が第七降下騎兵団や第七二強襲機甲部隊、そして第十四強襲機甲部隊の行く手を阻む。
「くっ!」
自機右側8m程真横に着弾した120mm砲の爆風を浴びて第七降下騎兵団のATが姿勢を崩した。
「野郎っ!」
懸命に転倒を避けるATパイロット。この砲撃を過剰なまでに第十四強襲機甲部隊ライト大尉が反応する。
「奴らめっ!防衛線の戦力を残したまま突破しおったなぁ!」
「隊長っ!」
悲鳴にも似た部下達の声が届く。
「怯むなっ!我々はデムロア攻略戦に抜擢された精鋭部隊!見事突破して見せろっ!」
ライト大尉が檄を飛ばす。
「隊長の云う通りだぁ!行くぞっ!」一人の隊員の声に喊声が上がった。

「緊急停止!Bラインが突破されたらしい。Dラインまでの後退は却下された。我々は此処に踏み止まり応戦する!」
とスカラベ操縦士。
「突破したATの数は?」
スネークガンナーの120mm砲兵が問い質す。
「・・・対処出来る範囲の筈だ。」
応えるスカラベ操縦士。
「・・・ふっ。要するに不明って訳か。」
スカラベ砲兵が呟く。
その刹那、前方に接近するAT部隊を確認した。
「来やがったぞ!」
スネークガンナー装着の望遠カメラを絞る120mm砲兵。敵ATの数を確認するは砂塵が困難とさせた。
「大凡だが・・・100機近いな。・・・違う、それ以上かっ!」
その言葉に戦車部隊の全隊員が大声を上げる。
「上等だぜ!来るなら来やがれっ!道連れにして遣る!」
「必ず地獄へ引き摺り落として遣るぞ!覚悟しろっ!」
「無駄口叩くのは終わりだっ!120mm、盲撃ちで構わん!先制攻撃を!」
スカラベ操縦士が云う。
観測もせずスネークガンナーが砲撃を開始。
既に死を覚悟・・・否、自身は死んでいるのだと心に決めた兵士達の戦いが始まった!
140m前方に位置する敵戦車部隊の先制攻撃を確認したRS部隊。
小隊毎に展開、STTC仕様の機体が亜酸化窒素による暴力的加速で突撃する。
「速い!」
接近する敵ATの姿に驚愕する120mm砲兵が呻く。
「怯むな、行くぞっ!」
スネークガンナー操縦士が叫ぶ。
120mm砲と共に搭載されたミサイルランチャーで応戦する構えだ。
「スネークガンナー全車両で防壁を作るぞっ!俺に続けぇ!」
その声にスネークガンナー6両が一列横隊に並ぼうと一気に動き出した。
「隊形を整えるまでの時間を稼いでくれっ!」
スネークガンナー操縦士からの指示に120mm砲兵が盲撃ちする。
ビューファインダーに刻々と映し出される情報を漏らさず読み取りながらも、RS部隊機は既にクロスレンジ内に侵入していた。
「東部方面隊の奴らなんかにスコアを譲るんじゃねぇぞっ!」
フォックス小隊の小隊長、フォックス・ハルメン伍長が檄を飛ばす。
「云われなくともその積もりですよ!」
フォックス小隊のジャミロ・D・エンテス上等兵とビストー・ガシム上等兵が同時に応える。
RS部隊秘密基地がある惑星オドン。
大陸の東西に其々基地が設営されており、西部側を第一方面隊、東部側を第二方面隊と呼んでいた。
東西の基地を統合する最高司令部は西部方面隊に置かれており、その最高司令官こそがインゲ・リーマンことリーマン少尉なのである。
「撃ちまくれぇ!」合計7両のスネークガンナーが横一文字隊形を組み、120mm砲とミサイルランチャーで応戦する。
難攻不落の要塞と謳われるビルギギンの防衛線を任された精鋭部隊である事に間違いは無いらしい。盲撃ちと云えど攻撃は的確だった。
しかし、今回ばかりは相手が悪過ぎた。今迄のAT部隊とは根本的に違うのだ。
「真正面にガンナータイプが壁を作ってやがるぜぇ。」
バイマン上等兵が呟いた。
「悪くねぇ作戦だぁ。」
グレゴルー伍長が応答。更に付け加える。
「だがっ!」
云うなり機体を傾けてスネークガンナーに突撃した。ショルダーミサイルポッドから放たれた1発が炎尾と共に飛ぶ。
グレゴルー伍長機はミサイル発射と同時にハーフピックで左方向へ移動。
その真後ろに位置していたムーザ上等兵機が突撃する。
「うわぁ!」
グレゴルー伍長の放ったミサイルが120mm砲兵を襲った。
その爆煙を切り裂きムーザ上等兵機はスネークガンナーに肉迫。
「こいつらぁ!」
スネークガンナー操縦士の叫びはムーザ上等兵機からの攻撃音に掻き消された。
接近戦を得意とするムーザ上等兵。スネークガンナーと粗平行に移動しながら潰すべき箇所を的確に攻撃する。
合金壁を貫いた砲弾が砲兵達を襲う。
ムーザ上等兵機は既にスネークガンナーの前から消え失せていた。
次の瞬間・・・爆発が起こった。
止めを刺したのはバイマン上等兵だ。SAT-03から放たれた60mmロケット砲は狙い違わずスネークガンナーに命中。
横隊隊形を組んだ作戦は失敗。肉迫された際に移動出来る間隔を置いていなかったのだ。
スネークガンナーが次々と爆発炎上四散する。
50m前方、スネークガンナーの大破にスカラベが動き出した。
その爆煙の中に敵ATを確認。
「来るぞ!」
スカラベ操縦士が云う。ハーフピック多用で進行方向を特定させずに接近するRS部隊機。砲兵は必死にトリガーを引いた。
「野郎!」
砲兵の声も虚しく砲弾は空を切る。
急加速、急減速、急停止、急反転等を繰り返しながらも周期的な反復を一切行なわないRS部隊機の動きにスカラベ操縦士が翻弄される。
「ぐわぁっ!」スカラベ大破。
高速且つ不規則動作で幻惑しつつ目標を正確に攻撃して来るRS部隊機に対応策が見つからなかったのだ。
「何処だっ!」
敵ATを見失ったスカラベ操縦士は車両を停止させてしまった。
見失った敵ATは真後ろに位置している。
「バルカンセレクターッ!」
ロニー小隊の小隊長、ロニー・アバルト・ディオ伍長がスカラベに対してGAT-22をフルオートで掃射する。
次々と葬られるスカラベであったが、戦線を離脱する者は居なかった。
その光景にゲイル特技下士官が呟く。
「良い覚悟だ。敬意を表し、苦しまずに死なせて遣ろう。」
云いながらGAT-30の照準を合わせる。
「贐だ。受け取るが良い。」
云い終わる刹那、トリガーを引いた。
スカラベ最後の1両がエネルギー弾の中で爆発と共に蒸発する。

RS部隊の進攻を阻止する事は出来なかった。しかし、彼ら戦車部隊員はマントヴァ中将の思いに応えたのだ。
・・・ほんの僅かな時間であったとしても敵AT部隊の進攻を遅らせる事が出来たのだから・・・。




━ 第六章  「侵撃」  完 ━