デムロア攻略戦

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第七章 黒門

350mm多連装噴進砲を運搬の第七二強襲機甲部隊が遅れを取っていた。
「拙いな・・・。250m間隔を維持って命令だったが・・・。」
「あぁ。既に300m以上離されてる・・・。」
Aラインの残骸が予想以上に広範囲だったのも遅延の原因となった。
「ところで噴進砲を砂漠迷彩にするっての、貴様は知っていたのか?」
「あぁ?・・・知ってるも何も、此処の地形を考えりゃ当然だろう!」
「けっ!それで貴様の機体もデザートパターンって訳か。」
「機体を交換してくれなんて云われても無理だからな!」
「へっ、嫌味な野郎だぁ!」会話を交わしながら二人は笑っていた。
しかし、その笑みは直ぐに消えた。同胞の残骸が確認されたからだ。
「・・・酷ぇな。・・・こりゃぁ激戦だったんだな。」
「・・・あぁ。」
残骸は、どの部隊の機体であるかも確認出来ぬ程に粉砕されていた。
「ちっ!」
同胞と判るATパイロットの千切れた腕を確認して、舌打ちした。
「急ごう。」
二人の会話はそこで終わった・・・。
Bラインの掩蔽壕は想像以上の稼働数だった。全滅させずに強行突破したRS部隊の行動に疑念を懐くは当然と云えた。
「奴ら、冗談じゃねぇぜっ!合同作戦である事を完全に無視しやがってぇぇぇっ!」
第七二強襲機甲部隊のATパイロットが感情を顕わに声を荒げた。
「作戦が完了次第、軍上層部に奴らの一部始終を報告してやるさっ!そのためにも生き残らなくちゃよっ!」同部隊員が応える。
「云えてるなぁ!」云うなりアクセルペダルを踏み込んで、眼前の掩蔽壕に突撃。
照準を合わせ、ショルダーミサイルポッド3発を発射。
第七降下騎兵団のATパイロットが機体に異常な振動を確認。直様、モニター内にボディコンディションを表示させた。
「ちっ!云わんこっちゃねぇ!」
強行的な降下で機体の損傷が予想以上に激しく、脚部の歪みは規定値を大幅に超えていたのだ。
「どうした、大丈夫かぁ?」
同部隊員が機体の異常を察して通信機越しに訊いた。
「先に行ってくれっ!速度を落とさないと機体が持ちそうも無い。」
「馬鹿を云え!速度を落とせば恰好の餌食だぞっ!」
「俺に構うなっ!早く行けぇ!」
云うと、彼は機体を傾けて右方向に逸れた。
「お、おい!・・・ぐわっ!」
逸れる同胞の機体を追おうとしたが、間近に120mm砲が着弾して強烈な爆風に機体が煽られる。
「糞ったれぇ!」
必死に機体の転倒を避けながらも前方の掩蔽壕に突撃。
120mm砲が閃光!その攻撃をハーフピックで躱す。間髪入れずショルダーミサイルポッドから2発を発射。
120mm砲基部に命中!
「もう少しだ!持ってくれぇ!」
機体の振動が激しさを増す。同胞を振り払った第七降下騎兵団のATパイロットは掩蔽壕への特攻を決意した。
30mmガトリング砲兵が接近する敵影を確認し、操縦桿を捻る。ギアの駆動音と共にガトリング砲基部が回転して敵ATを捉えた。
掩蔽壕に特攻するも、その途中で機体脚部が分解する可能性は否めなかった。しかし、ATパイロットは更に加速して機体を蛇行させる。
それが奏功しコクピット直撃は回避した。しかし、偶然にも敵弾が左腕関節部の隙間に命中。焼夷徹甲弾の爆炎がシリンダー溶液パイプに引火!
「ぐはっ!」
吹き飛んだ左腕の爆圧は、コクピット周辺の装甲を突き破った。ATパイロットに無数の破片と炎が襲い掛かる。
「まだまだぁぁぁっ!」
アクセルペダル全開のままコクピットが鮮血に染まる中で、彼はガトリング砲だけを見詰めていた。
「!」30mmガトリング砲兵は死神を見た。各部を爆発させながらも突っ込んでくる敵ATの姿は正しく死神だった・・・。
第七二強襲機甲部隊のATが30mmガトリング砲に獅噛み付いた。
左腕で砲身を抱え込みながら強引にスピンターンする!
「撃ち込めぇ!」
ガトリング砲が使用出来なくなった事を確認すると、云いながら機体を後退させた。
その指示に同胞が応える。AT左腕に装着させたHMAT-31対戦車ミサイルを全弾発射。2発が炎尾と共に飛び、掩蔽壕を破壊した。
「かなり減ったかぁ?」
火薬力でHMAT-31を除装させながら問う。
「半分にも及ばねぇさ。最低でも第一防衛線の掩蔽壕と同数が設置されてるだろうからな。」
応える同胞。
この時、Bラインの兵士達には同様に悔やんでいる事が1つだけあった。 [母国に捧げられる命が1つだけしか無い。] ・・・と。

「艦長。第七降下騎兵団のドルフェス隊長です。」
オバノー艦長であり本作戦の指揮官であるレオノ大佐への直接の問いにミーマ大尉が眉を細める。
「回せ。」
抑揚無くレオノ大佐は応えた。ややあって回線が繋げられる。
「何事かね?ドルフェス大尉。」
先に切り出したのはレオノ大佐であった。
「現在・・・の第二防衛線にて交戦中。R・・・部隊が先行してお・・・すが、彼らは合同作・・・ある事を無視し・・・。」
「電波状態が悪い。手短に!」
レオノ大佐はミーマ大尉と視線を合わせた。
「RS・・・隊が合同作戦を無視!独自に行動して・・・す!このま・・・では黒門に辿り着・・・せん!」
ノイズ混じりであるも云いたい事は大凡見当が付いた。
「どうしろと云うのかね?」
左薬指で右の眉を掻きながらレオノ大佐が問う。
「一旦、全A・・・部隊をオバノーに帰還させて下・・・い。体制を整え・・・必要があ・・・ます!」
「馬鹿を云うな!精鋭部隊が泣き言かね?・・・良いか、作戦中止は無い。以上だっ!」
レオノ大佐は一方的に回線を切った。
「隊長!」縋る部下の声。
「一時撤退は却下された。」
ドルフェス大尉が応える。その刹那、彼の後方で第七二強襲機甲部隊のATが大破した。
「どう云う積もりですか?」
ミーマ大尉が両腕を後ろで組みながら問う。
「ふん。・・・合同作戦である筈がRS部隊のみ独自に行動。・・・故に連携が執れないと云う文句であろう。」
応えるレオノ大佐。
彼らRS部隊が正式に設立され初の実戦となったアルダヴェア戦。参加AT数の5倍以上の兵力にも匹敵する戦果を上げたと云われている。
無論、後方の軍司令部将校らには[予想を遥かに上回る働きをする頼もしい部隊]としか映らなかった。
しかし、前線を預かる・・・もっと云えば作戦を共にする者には困苦に堪えない存在としか映らなかったのである。
他の部隊と同一命令系統となる事を徹底的に拒否するRS部隊。
それが合同作戦の名の下に行なわれたとしても、彼らRS部隊に一切の例外は無かった。

30mmガトリング砲が唸りを上げる。
銃火一閃!第十四強襲機甲部隊のATが粉々に吹き飛んだ。間髪入れず後方に位置していた第七降下騎兵団のATに銃口が向けられる。
「畜生!これまでかっ!」
死を覚悟した刹那、掩蔽壕が爆発炎上四散した。
ATパイロットは、その光景を直ぐに把握出来なかった。我に返り上空のローター音に気付く。
直ぐにAT頭部バイザーを55度角で開口状態とした。無論、スコープレンズを機能させたままの状態でだ。
これにより機体を仰け反らせる必要は無くなるのだ。
「あれはっ!」
上空に同胞を確認し、思わず声を上げる。
「隊長、見てください!ATフライです!」
ATパイロットが告げる。その報告に間髪入れずドルフェス大尉は応えた。
「あいつらっ!掩護なんぞ命じていないぞっ!」
「営倉入りは覚悟の上ですっ!」
ATフライのパイロットから通信が入った。
「拳骨で勘弁してやる!だが、決して死ぬんじゃないぞっ!」
ドルフェス大尉が凄む。
「了解!」
40機を超えるATフライからの支援攻撃が始まった。第七二強襲機甲部隊と第十四強襲機甲部隊にもドルフェス大尉から通信が入る。
「我部隊のATフライが上空から支援する。掩蔽壕と一定の距離をっ!」
「おぉ!来てくれたかっ!了解だぁ!」タニン大尉が応える。
「皆、ドルフェス大尉の指示に従えっ!」ライト大尉が命じる。
空対地ミサイルを装備させたATフライがスカイフォークの名に相応しく牙を剥いた。
これによって、絶望の中に一筋の光が差し込んだのだ。
「俺らを忘れてもらっちゃ困るぜぇ!」
独自開発の自走砲に跨る第十四強襲機甲部隊のパイロットが叫ぶ。
既に前部装着の20mm砲は破損していたが、
自走砲諸共掩蔽壕に向けて特攻させる構えだ。
30mmガトリング砲兵が突撃してくる敵機に気付きトリガーを引く。
「野郎っ!」
直進性重視の自走砲であるが故、攻撃を躱すは困難と察しSAT-03を乱射。
「喰らえっ!」
云うなり自走砲を放棄。狙い違わず自走砲は掩蔽壕に命中した。
120mm砲がATフライに対し攻撃を開始するも、
抑々が対空砲としての機能を果たしていないため、撃破は絶望的であった。
ATフライの支援攻撃は効果絶大。
Bラインの掩蔽壕は瞬く間に全滅した。
「感謝するぞ!後は任せろ。オバノーに帰還せよっ!」
ドルフェス大尉が命じる。
「隊長っ!お供させて貰います。」ATフライのパイロットから応答。
「駄目だ、帰還しろっ!」
「隊長の命令に背いた事はありません。しかしながら今回だけは従えません!」
「隊長。我々も彼らと行動を共にしたく、無理を承知でお願いします!」
第七降下騎兵団ATパイロットからも通信が入った。
「隊長!」ATパイロットらが続く。
「貴様ら・・・この作戦が終了したら只では済まさんぞっ!」
ドルフェス大尉が凄んだ。
「隊長!ありがとうございますっ!」
ATフライのパイロット並びにATパイロットらが歓喜の声を上げる。
「良い部下をお持ちですなぁ、ドルフェス大尉。」
タニン大尉からの通信だ。間髪入れずライト大尉からも通信が入る。
「さぁ!RS部隊を追い越してやろうではありませんかっ!」
「承知しました。・・・全機、出力最大だっ!」
ドルフェス大尉の言葉に第七二強襲機甲部隊と第十四強襲機甲部隊らも喊声を上げた。
この時、既にRS部隊はCラインに突入・・・攻撃を開始していた・・・。

「火工品の組み付け、最終段階だぞ。気を赦すなっ!」
ビルギギンより打ち上げられる脱出艇の整備が最終段階を迎えていた。整備兵も処狭しと動き回っている。
「乗り込みは完了したのか?」
一人の整備兵が確認した。
「老人と動けぬ者、それと母親が無理矢理に搭乗させた子供ら・・・。完了しているよ。」
問いに応える整備兵。
「動けぬ者ってのは?」
状況を把握しきれていないのか、今更ながらに問い質した。
「負傷兵だよ。それも重症のな・・・。」
その言葉を最後に止めていた手を再び動かした。
火工品が組み付けられる度に脱出艇内にも振動が伝わる。
本来は火工品組み付け完了後に搭乗するのだが、状況が状況だけに同時進行とされた。
その振動と轟音に幼い子供達は泣き出している。
搭乗席に固定された担架。
その担架に載せられている負傷兵が隣で泣いている少女に声を掛けた。
「大丈夫だよ。おじさんとお話しでもするかい?」
「うっ・・・うっ・・・ぐすっ。」
両手で顔を覆っていた少女が視線を負傷兵に向ける。
「ごめんよ。包帯だらけだから怖いかい?」
右目と口元半分以外を完全に包帯で覆われているため、彼が笑顔で話し掛けている様子は把握出来ないだろう。
しかし、少女は泣き止んでいた。
「・・・。」無言のまま彼を見詰めている。大きな瞳が瞬きすると涙が滴下した。
「幾つだい?」
「・・・5つ・・・。」
小さな声であったが少女は彼の問いに応えた。
「そうか。・・・おじさんの息子も生きていれば同じくらいかなぁ。」
「・・・死んじゃったの?」
少女が訊く。
「・・・あぁ。・・・母さんと一緒にね。」
「じゃ、おじさん独りぼっちなの?」
「独りぼっちかぁ・・・。そうかもしれないなぁ。」
少女は、包帯で見えなくとも彼のその優しい口調が笑顔で話し掛けてくれているのだと確信した。
「ママは・・・。」
少女が切り出した。
「ママはこの船に乗らなかったの。」
「・・・どうしてだい?」
数秒の沈黙があったが彼は少女が切り出したのだから話したいのだろうと察して問い掛けてみた。
「パパと一緒に戦うから。」
「え?・・・君のパパは兵士なのかい?」
彼の問いに少女は黙り込んだ。・・・暫しの沈黙を破って少女が云う。
「パパとママが云ったの。・・・[生きて]・・・って。そのために船に乗ってって云ったの。」
泣きたかった筈だ。しかしその時、少女は決して泣かなかった。
・・・無力だった。・・・動かぬ身体。・・・自分には何も出来なかった。

「失せなっ!」
擲弾装填を完了したRS部隊ハンス小隊の小隊長ハンス・ディムロー伍長。
云いながらも掩蔽壕に照準を合わせた。
RS部隊の各小隊は、進行方向の障害となる掩蔽壕のみを破壊している。
既にCライン突破も時間の問題であった。
「こいつらっ!強行突破する積もりかぁ?」
30mmガトリング砲兵が呻く。
「らしいなぁ・・・。しかし、破壊された特火点の数も多いぞ!」
応答した120mm砲兵が続ける。
「俺達が盲撃ちする。奴らの速度が落ちた処を狙えっ!」
「了解!」
Cライン上の最終防衛線に据えられた掩蔽壕から、120mm砲が一斉に火を吹く。
「糞野郎っ!」
30mmガトリング砲兵は叫びながらトリガーを引いた。
しかし、着弾する120mm砲と30mmガトリング砲を物ともせずRS部隊が接近。
更にGAT-22の銃口に装着される擲弾が、狙い違わず掩蔽壕を仕留めて行く。
破壊力だけならショルダーミサイルポッド等に使用のミサイル弾が桁違いだ。
しかし、ショルダーミサイルポッドは
ATコクピット部より真正面から上を有効攻撃範囲としているのが基本だ。
これに対し、GAT-22であれば腕の可動範囲が有効攻撃範囲となる。
確かに、発射の度に銃口へ擲弾を装填させる煩わしい問題点は有る。
しかし、RS部隊員ともなればデメリットとさえ感じる事は無いだろう。
装填時間をデメリットと考えるATパイロットらがRS部隊の訓練を受けたと仮定しよう。
そのATパイロットらは訓練初日で音を上げるか、最悪時は命を落としている事だろう。
装填の最中に敵から攻撃を受けてしまう程、彼らRS部隊の技術水準は低くない!
「防衛線突破は所長らと同時だったかぁ?」
バイマン上等兵が不貞腐れながら云う。
「ムカつくが・・・粗同時って処だ。」
ムーザ上等兵が続いた。
「いや・・・僅かに所長らのチームが速かったぁ。」
グレゴルー伍長が恐ろしくどすの利いた声で呟く。
「関係ねぇよ!最終的に黒門に辿り着くのが一番ならよ!」
呻くバイマン上等兵。
「ムカつくぜ!」
呟くグレゴルー伍長の声・・・。小隊員2名には訊こえなかった・・・。
Cライン最終防衛線を次々と突破するRS部隊。
強行突破であるが故に生き残った掩蔽壕が存在する。その砲兵らが言葉を交わした。
「Bラインからのフィードバックを伝達する。空対地ミサイル装備の攻撃ヘリが増援されたらしい・・・拙いな。」
「あぁ。対空射撃を目的とした砲など此処には存在しないからな・・・。」
「後続の奴らが到着する前に要塞砲から近接信管による対空弾を要請しよう!」
「了解!」
ややあってビルギギン指令本部がCライン砲兵からの要請を確認した。足早に将校らがマントヴァ中将に伝達する。
「攻撃ヘリの増援と・・・。」マントヴァ中将の鋭い眼光が将校らに向けられた。
「その様です。掩蔽壕の砲兵達から要塞砲による対空弾が求められて居ります。」一人の将校が応える。
「近接信管を使えと云う訳だな。」とマントヴァ中将。間髪入れず将校らが僅かに頭を下げた。
「有効射程距離である事に・・・。」マントヴァ中将が問い掛ける。
「はっ!間違いありません!」軍靴を鳴らして将校が云う。
「良いだろう。Cライン砲兵らとの連絡を絶やすな!」
密林地帯を抜けビルギギン黒門までに設置されている防衛線特火点。
30mmガトリング砲の弾道は平射砲であり、120mm砲の弾道は曲射砲に値する。
故に対空砲としての機能は果たしていない。
これによって要請された対空弾の近接信管とは、攻撃目標に直撃せずとも目標近接で爆発し損害を与える特殊な信管だ。
ビルギギンが以前使用していた要塞砲の対空弾は時限式信管だった。
しかし、この光学式近接信管を採用する事により数倍の防空能力を得ているのだ。
密林地帯に設置された自動防衛機構と要塞城壁の要塞砲。そして、防衛線特火点・・・。
更にはデムロア星特殊防衛部隊らが加わる事で[難攻不落]の名を欲しいままとした[巨大要塞ビルギギン]。
デムロア方面軍総司令マントヴァ・ハイエンス中将は、
敵の上陸を赦した時点で既にその神話が崩れ去ろうとしている事を受け入れていたのだった。
それを受け入れてもギルガメス連合の戯けどもとの講和だけは認められない。
その結果が滅亡だとしてもだ。
だからこそマントヴァ中将は僅かな命を脱出艇に託したのである。
[滅亡の危機に身を以てこれを防ごうとした者達の真実]を後世に伝えるために。
・・・しかし、その脱出艇の打ち上げ予定時刻は大幅に遅れていたのだった・・・。

丁度その頃、オバノーの後続部隊として上陸を果たした秘密結社の揚陸艇内で新たな動きが確認されていた・・・。
「トガル中尉。そろそろガナイ、クチラビアなど各国に上陸したAT部隊の回収が行なわれるのでは?」
トガル中尉の部下が潜めて問う。
「うむ。奴らが動き出す前に出動するぞ。」
間髪入れずトガル中尉が応えた。
「上陸部隊の詳細が纏められた資料は?」
「無論、全て目を通させてもらった。」トガル中尉は続ける。
「貴様と私の偵察隊はジームラに上陸した第二三メルキア方面軍ギャランド機甲大隊第七中隊ハミルトン小隊を追う。」
部下が僅かに頭を下げる。
「タック曹長らはクチラビアに上陸している第三六メルキア方面軍機甲兵団セネター小隊を!」
トガル中尉の鋭い眼光がタック曹長に向けられる。
無言ではあるもタック曹長は強く頷いた。
「トガル中尉。サンプルを確保した後・・・ですが・・・。」
「ナーヴコネクター挿入の手術を直ぐに行なう!」
トガル中尉が応える。
「しかし、あれは基礎研究の段階に過ぎません。実用試験まで少なくとも5年。システムが確実に作動する保証はありま・・・!」
部下が云い終わる前にトガル中尉が割って入った。
「判っておらんな。次世代主力AT開発計画は着々と進んでいる。」
トガル中尉は続ける。
「秘密裏にはスーパーソルジャー計画・・・。
云わば類人兵器計画までもが幾つか始まったのだ。その類人兵器計画の一部を既にペールゼンは手中に収めた。」
部下達は互いに目を合わせ、直ぐにトガル中尉へ視線を向けた。
「確かに我々の存在はペールゼンによって護られている。
しかし、この様な状態が続く限り我々は何時までもペールゼンと対等にはなれないのだ。」
云い終わるとトガル中尉は目を閉じた。
「・・・中尉。」
察したのか一人の部下が声を掛ける。それを右手で制したトガル中尉。
「ペールゼンの先を行かねばならん。
我々が独自に開発するフェイシャルソルジャーの完成は奴の先を行かねばならん。更には類人兵器計画の先を行かねばならんのだ!」
トガル中尉の眼光が部下達を硬直させた。
「フェイシャルソルジャーこそ類人兵器の完全体なのだ。
進化を遂げ、生まれ変わった兵士達は全類人兵器の頂点に立つ。これは神の成せる業。即ち神とは我々の事なのだ!」
その言葉の後、トガル中尉は抑揚無く付け加えた。
「ナーヴコネクターを挿入するサンプルさえ手に入れば良い。
挿入さえ終了していれば発動までの実験は何度でも出来る筈だからな。」
その数十分後、秘密結社の揚陸艇から2機のステルス偵察機が発進した・・・。
トガル中尉の言葉に確認された類人兵器計画。秘密裏に次世代主力AT開発計画と粗同時に立ち上げられた計画の事である。
既に数十件に及ぶ実験が行なわれており、彼ら秘密結社も遅れを執らんとばかりに独自開発を始めたと云う訳だ。
そしてペールゼンが手中に収めている類人兵器。その経緯は以下の通りである。
狂気とも云えるその全貌を知るは、ペールゼン以外に誰一人として存在しない・・・。

ペールゼンが手中に収めたそれは、
アストラギウス銀河に存在の百種類以上にも及ぶ有機物を素体となった人体に取り込む事によって生産された強化兵士だ。
云わば人類と百数種の有機物から成る複合生存体だった・・・。
この実験で数十体の素体が死亡するも遂に完成したそれは、
代謝能力が極めて高く、異常なまでの高知能を兼ね備える想像以上のものとなった。
・・・獣を野に放つ行為・・・。
この事を踏まえた上で、外部からのアクセスコードを用いて複合生存体を制御するのだ。
しかし何故この様な人工遺物を開発しなければならなかったのか・・・。
ATの実戦投入は戦果も大きかったが損害率もこれに比例した。
突出する技能を持ち合わせる特殊部隊であれば損害率を防げても軍全体から考えれば特殊部隊の数は一握りに過ぎない。
ATの運用が加速すればパイロットの数は減少するとして、
ATを超人域で操縦出来る強化兵士の開発計画が立ち上がったのである。
類似する幾つかの計画の中で完成1番乗りと思われた複合生存体。
ところが運用面に大きな壁が立ちはだかった。
精神面を外部から制御する事が必要だったのと同様に、薬物投与での肉体制御が必要となったのである。
薬物は各々に合致したものが必要であり、
拒否反応が現れた場合は対抗出来る新たな薬物を生産し直ぐに投与しなければならないと云う極めて困難な内容であった。
発覚する問題点に脆くも複合生存体の存在は破棄される。
・・・完成していた2体の複合生存体・・・軍上層部は、暴走時のリスクが大きいとして完全消去を命じた。
それに伴って開発に携わった科学者グループには人事異動が発令する。
秘密裏に複合生存体の2体を奪取したのがペールゼンと秘密結社だった。
しかもペールゼンは複合生存体の開発実験に参加したカルマン・トムスを手中に収めていた。
我々と行動を共にする事で実験が続けられると云うペールゼンの言葉にカルマンは飛び付いたのである。
軍上層部にはカルマンからの複合生存体消去に関する虚偽の報告書が提出される。
カルマン自身も技術試験隊への人事異動となるが、その裏でペールゼンらと行動を共にするのだった。
・・・しかし何故ペールゼンは類人兵器を欲したのか・・・。
それはペールゼンが監視を続ける優越な生存体を量産する計画に必要不可欠だったのである。
異能で優越な生存体から成る戦闘部隊を創設するための大計画。
その第一段階は、自らが育て上げたRS部隊と類人兵器とを戦わせる[共食い]と呼ばれるものだった。
能力純度を篩い分けする過酷な戦闘であり、
30秒間耐え抜いた隊員を第二段階への合格者にすると云うのだが、
ペールゼンの持論である特殊な生存体にカルマンは疑問を懐いていた。
故に第一段階で類人兵器を失う可能性が高いとペールゼンに反論。
しかし、カルマンは「類人兵器を失うは万に一つ」と云うペールゼンの言葉に一蹴されてしまう。
類人兵器と第一段階合格者を編成し、第二段階では更に過酷な[共食い]を行なうのだと云う・・・。
生存し続ける隊員から適正を変える者が現れ、新たなサンプルが見つかる筈だと・・・。
そして異能で優越な生存体からなる戦闘部隊を更に鍛え上げるのだと・・・。
その兵士とATが一体化する時こそ、現時点でのRS部隊をも凌駕する戦闘部隊・・・云わば、超人部隊が完成するのだと・・・。

このペールゼンの野望が後のアストラギウス銀河全土を巻き込む大事件になろうとは、ペールゼン自身にも判らなかったであろう。
しかし既に後戻りは出来なかった。第一段階は本作戦で発動されるのだから。
・・・重い地獄の門・・・ゆっくりとではあるが確実に開かれてしまった・・・。

何時の間にか空は厚い雲に覆われ夕方の様に暗くなり外気温も急激に下がっていた。
酸を含みながら垂れこめた厚い雲・・・間違い無く赤い雨が降るであろう・・・。
そんな中、Cラインの砲兵らが接近してくる敵の後続部隊を確認した。
「お出でなすったぁ!」
「指令本部に要塞砲の要請をっ!」120mm砲兵らが呻く。
「前方に敵防衛線を確認!我々ATフライが突撃します!」
第七降下騎兵団ATフライのパイロットが云う。
「駄目だっ!地上のAT部隊と同時に突入するんだっ!」
間髪入れずにドルフェス大尉が凄む。
「隊長、お任せを!」
ATフライの小隊長でもあるモンザリー曹長は云いながら機体を加速させた。
「曹長!モンザリー曹長っ!」
ドルフェス大尉の声も訊こえぬか、他のATフライも小隊長機に続く。
通常のATフライでは想像出来ない加速力だ。
第七降下騎兵団の使用するATフライがカスタム化された機体である事を意味していた。
二段燃焼サイクル採用のロケットエンジン2機を追加する事で機動性が格段に向上。
通常2門の11mm機関砲に加えコクピット下部には4砲身20mmガトリングガンを装備。
更には、セミアクティブレーザー誘導のヘルフレイム空対地成型炸薬弾と、
60mmロケット弾が加わる事で攻撃力は通常のATフライの数倍とも云われているのだ。
部隊のパーソナルカラーで塗装された機体は、
上空を覆う灰色の雲と同化するかの如く、異様なまでの威圧感を敵砲兵らに与えていた。
「へっ!待っていろよ。直ぐにあの世に送ってやるぜぇ!」
モンザリー曹長は云いながら掩蔽壕に向けてレーザーを照射した。
「喰らえっ!」
トリガーを引けば狙い違わずヘルフレイム対戦車ミサイルが発射される筈だった。
しかし、モンザリー曹長がトリガーを引くより先に眼前で何かが弾けたのだ。
機体が操縦性を失う。
直撃では無い・・・。
しかし、彼の機体は明らかに機首を大空に向けており、墜落は必至と云えた。
彼の機体に何が起こったのか。誰にも把握出来なかったであろうが、要塞砲から放たれた近接信管の破片が吸気口付近を破損させたのだった。
「な、何ぃ!」
懸命に操縦桿を握るモンザリー曹長。
「小隊長っ!」
ATフライのパイロットらが叫ぶのと粗同時にモンザリー曹長機は爆発炎上四散した。
その刹那、他のATフライも機体後部から炎を上げ、錐揉み状態に陥ったまま墜落してしまった。
「な、何だっ!対空砲かぁ?」
「対空砲が据えられていたってのかぁ?・・・そんな馬鹿なっ!」
混乱するパイロットらの声にドルフェス大尉から通信が届く。
「落ち着け、馬鹿者どもがぁっ!直ぐに機体を上昇させろっ!遠隔からの対空射撃だぞっ!」
部隊長からの声にパイロットらは我に返り、機体を上昇させた。
「しかし、誘導弾とでも云うのでありますか?」
「そんなものでは無い!恐らく近接信管による対空射撃・・・そうか、ビルギギンの要塞砲かっ!」
部下の質問にドルフェス大尉が応える。
「上昇したぞ。司令部に伝達、急げぇ!」
掩蔽壕の砲兵がフィードバックを急いだ。要塞砲の砲兵らは敏速に対応する。
「あぁ!」
上昇するATフライが次々に炎上した。
「下がれぇ!貴様らは既に射程内なんだっ!落とされるだけだぞ、下がるんだぁっ!」
叫びながら機体を加速させるドルフェス大尉。地上部隊もCラインに突入を開始した。
「隊長!申し訳ありません!」
「構わん!良くぞ来てくれた。感謝するぞっ!オバノーまで引き返せるか?」
「はい!」
ATフライのパイロットらが地上の同胞を見下ろし、涙を流しながら応える。結果的には半分以上のATフライが散ってしまった。
「感謝する!後は任せろっ!」
タニン大尉とライト大尉からも声が届いた。
「後続のAT部隊は此処で殲滅させるぞ!」
この言葉に掩蔽壕砲兵らが喊声を上げる。間髪入れず、120mm砲と30mmガトリング砲が火を吹いた!

CラインからDラインを目指す戦車部隊が接近する敵影を確認。そうだ!RS部隊の接近だったのだ!
「後方に敵影!距離160m!」
スカラベ操縦士が舌打ちしながら云う。
「くそっ!・・・Dライン到着は諦めよう。」
「こうなりゃ、迎え撃とうぜぇっ!」
スカラベとスネークガンナーが砂塵を巻き上げながら方向転換する。
先行したスカラベが37mm二連装砲を放つ。それは盲撃ちであったが次々に弾丸を放った。
続く車両も同様に・・・。その砲は全てを引き裂けとばかりに咆哮を上げた。
侵撃するRS部隊の間近に着弾。それを物ともせず機体を加速させる。
「雑魚が。」
抑揚無く呟きながらゲイル特技下士官がGAT-30を放つ。
狙い違わずスネークガンナーは眩いばかりに爆発炎上四散。
しかし、その爆発は更に膨れ上がり右斜め後方に位置していたスカラベを巻き込んだ。
「真正面か。バルカンセレクターッ!」
ホイルロップ小隊のラヴィル・ティンプネン上等兵機がGAT-22をフルオートで掃射。
スカラベ3両を血祭りに上げる。
そのラヴィル上等兵機の前方、小隊長であるホイルロップ上級曹長機が
HRAT-16リボルバーグレネードランチャーを放ちスカラベを葬った。
装弾数8発の強力な70mmグレネード弾を使用しており、
AFVやATであれば一撃で破壊出来るが、現時点では一部の特殊部隊のみ使用が確認されている。
「邪魔だぁ!」
バイマン上等兵が叫ぶや否や、SAT-03をスカラベに放つ。
肉片よろしく金属塊をぶちまけながらスカラベは爆発炎上四散した。
スネークガンナーに対し、ラドルフ小隊が絶妙な連係攻撃を仕掛ける。
「前方にガンナータイプ。俺が減速反転、囮になる。貴様らは散開反転、左右から畳み掛けろ。」
抑揚無いラドルフ伍長の命令。云い放った刹那、ラドルフ伍長機はスピンターンしてスネークガンナーに背を向ける。
又と無い好機にスネークガンナー操縦士はミサイルランチャーを発射。しかし、敵ATを仕留めるまでには至らなかった。
ここでスネークガンナー操縦士は罠に掛かった事に漸く気付いたのである。
「あぁっ!」スネークガンナー操縦士が呻く。しかし、全ては遅すぎた。左右から敵ATの攻撃を喰らってしまったのだ。
四散した残痕を一瞥もせずにギリアム上等兵機とマンフレート上等兵機がハーフピックで機体を旋回させる。
その間にもラドルフ伍長機は小隊員の機体真後ろに位置していた。
RS部隊では相手が悪過ぎる。故にスカラベとスネークガンナーは次々と葬られ、一瞬にして全滅してしまった。
このまま一気にDラインまで・・・。最早、RS部隊の侵撃を阻止出来る者は皆無なのだろうか・・・。

Dライン上に集結しているロターシュ中佐とマックス中佐の部隊は、敵AT部隊が間も無くDラインに辿り着くであろう事を確信していた。
「貴様ら、もう一度確認するぞ。」
マックス中佐が自身のATコクピット内より通信機越しに云う。
「敵AT確認の後、スカラベ、スネークガンナーは予定通りに掩蔽壕の奴らと先制攻撃を。我々AT部隊は俺が命令するまで姿を見せるな。」
マックス中佐の言葉にロターシュ中佐が続いた。
「ヴェルナー少佐の部隊を壊滅させた奴らがどれ程のものか・・・。見せてもらおう。」
その呟きの後、掩蔽壕の砲兵が叫んだ。
「見えた。敵AT部隊だっ!」
掩蔽壕の砲兵らは前方を凝視した。確かに見える。砂塵を巻き上げながら接近してくる敵のAT部隊が。
「盲撃ちで構わんぞ!ってー!」
掩蔽壕120mm砲が火を吹く。間髪入れずにスネークガンナーのミサイルランチャー並びに120mm砲も続いた。
凄まじい攻撃だ。通常のAT部隊であれば既に撃破されている機体があっても何ら不思議では無い。
しかし、撃破された機体は皆無であった。
スカラベが突撃する。ATのクロスレンジ内で戦闘をするは避けたい処だが、この状況下では仕方あるまい。
グレゴルー伍長機が掩蔽壕破壊のために用意された擲弾をスカラベに対して放つ。
スカラベをGAT-22で仕留めるには最低でも制限射撃が必要であるも、擲弾ならば一撃で破壊する事は容易い。
マッカイ曹長機は左右の腕に電磁式パイルバンカーを装着していた。
その左側電磁式パイルバンカーをスカラベのコクピット辺りに突き刺す。
これにより動きの止まったスカラベをリーマン少尉機が後方からGAT-22で止めを刺した。
3点バーストでの攻撃であった。
掩蔽壕の30mmガトリング砲に対し、デビン伍長機がショルダーミサイルポッドを使用する。
1発のミサイルが炎尾と共に飛び掩蔽壕を破壊した。
留まる事を知らないRS部隊。スカラベとスネークガンナー、そして掩蔽壕が次々に葬り去られる。
そのRS部隊がDラインを150m程突入した辺りであったろうか。
突然にして轟音と共に地面から何かが射出されたのだ。
特殊仕様のEP-02・・・そうだ!射出されたのは特殊仕様のEP-02!
所謂、デムロア星特殊防衛部隊が使用していた機体と同型だ。
地表から15m程掘り下げた地点に超高圧蒸気を利用した投石器が据えられている。
超高圧蒸気式投石器とは、大型シリンダー内のピストンを蒸気圧で駆動させ、ワイヤーとの連動によって載せられた物を速く、遠くへ飛ばす装置である。
EP-02は、その射出方向に背を向けながら45度角で射ち出された。
敵ATが投石器設置地点を通過した後に射出されるが故の特別隊形だ。
総重量7.5t以上にも及ぶ機体だけに20m程ではあるものの、EP-02が見事に宙を駆けた。
全機が接近戦重視A型にミサイルポッド2基を装着している。
ミサイルポッドに装備されているのは、ヴェルナー少佐が用いた集中型焼夷弾では無い。
AntiTankMissile・・・即ち対戦車ミサイルだ!
第一陣として射出されたEP-02約40機が宙より一斉にミサイルを発射する。
射出時の隊形が奏功し、敵ATは此方に背を向けたままだった。
RS部隊には想定外の攻撃・・・。特火点が据えられた防衛線にATが居たとしても、これは想定外だったのだ。
射出された物がATであり、そのATが宙から攻撃を仕掛けるなど・・・。
ミサイルが大地を揺るがす。赤黒い火炎が辺り一面を覆った。その火炎の中、ディアッカ伍長機は後方からの直撃弾により爆発炎上四散!
ディアッカ小隊の2機は小隊長機を挟んでの並走だった故に、その爆圧で機体が吹き飛ばされた。
不運だった。小隊長機が砕け散った際に大量のPR液が飛散し、揮発する前に引火して小隊機を襲ったのだ。
一瞬にして、サイア上等兵機とライアン・ビートン上等兵機は火炎に包まれてしまった。
「馬鹿がっ!」
グレゴルー伍長が罵声を飛ばす。
「遣られたのか?」
ホイルロップ上級曹長が誰とは無く尋ねる。
「ディアッカの一隊が遣られました。3機が全滅です。」
応えたのはトーマ伍長だ。
「糞ったれぇぇぇ!」
グレゴルー伍長が叫ぶや否や、ハーフピックによる方向転換の後、間髪入れずにアクセルを全開と同時に亜酸化窒素切替えレバーを引き上げた。
暴力的加速でEP-02ブロッカーの群れに突撃するグレゴルー小隊。続けとばかりに他の小隊も機体を加速させる。
「ゲイル!貴様らは前進しろっ!第2波は反対から来るぞ。」
バイマン上等兵が云う。
「既に迎撃隊形を執った奴らが前進している。」
ゲイル特技下士官は応えると同時にGAT-30を放つ。その凄まじいエネルギーの束はブロッカー3機を蒸発させた。
その刹那、2度目の轟音が響き渡った。
バイマン上等兵の指摘通り、1度目とは反対方向からの射出・・・。そうだ。時間差の射出で敵ATを挟み撃ちとする作戦だったのだ。
「中佐!敵機全てが乱戦状態ではありません!此方に砲を向けるATがっ!」
宙を駆けるブロッカーパイロットが叫ぶ。
「怯むな!ミサイルを発射しろっ!」
云うなりロターシュ中佐はトリガーを引いた。
ミサイルポッド2基から全弾6発が火尾を曳いて飛ぶ。他のブロッカーも続いてミサイルを発射した。
第一陣とは違って不意を突いた射出で無かったが故に、反転せず前進したRS部隊機は迎撃隊形を執っている。
200発以上にも及ぶミサイルの嵐が巻き起こったが撃破されるATは皆無であった。
着地する際に僅かながらも体勢を崩したブロッカーが真っ先に葬られる。
「突撃しろ!遅れるなぁぁぁ!」
ロターシュ中佐が云うもブロッカーは次々と血祭りに上げられてしまう。
「遅いっ!」
トーマ小隊、ヴィラン・モアード上等兵の罵声と同時にSAT-03が放たれる。
狙い違わず命中、ブロッカーは爆発炎上四散!
その爆圧で後方に位置していたブロッカーが横転。そのブロッカーも瞬時に葬られた。
「乱戦の中、近接支援隊形を組む馬鹿が何処に居る!」
云い終わる刹那、ヴィラン上等兵機が次の獲物に襲い掛かる。
第一陣で射出されたブロッカーも既に大半が葬られていた。そのブロッカーをスカラベが支援、37mm二連装砲を盲撃ち。
「黙ってろっ!」
ダフィー上等兵は云うなりトリガーを引く。GAT-32から放たれたエネルギー弾がスカラベに命中。特殊保護膜が砕けエネルギーを一気に放出させた。
「あぁぁぁ!」
エネルギーを放出の際、キルゾーンに位置していたブロッカー2機も同時に葬られ、パイロットらは最後の叫びを上げた。
「喰らえ!」
スネークガンナーの砲兵が云いながら120mm砲を撃つ。
ラドルフ伍長はその砲撃が自身に向けてである事を把握していた。
120mm砲の閃光と同時に機体を傾けるラドルフ伍長機。
しかし、機体背後の間近で着弾。凄まじい爆圧にラドルフ伍長機は前方に体勢を崩した。
転倒は必至の状態にある。
「貰ったぁぁぁ!」
この好機を逃すまいとブロッカーパイロットはラドルフ伍長機に照準を絞る。
転倒した処を狙撃する積もりだ。
・・・次の瞬間だった。ブロッカーパイロットは信じられぬ光景を目の当たりにする。
ラドルフ伍長機は突然にして体勢を立て直したのだ。更には攻撃動作を連動させ、ブロッカーを葬る。
ブロッカーパイロットは何が起こったのか理解する間も無く絶命した事であろう。
百分の一秒も無い刹那の攻撃である。
前方に体勢を崩したラドルフ伍長機はGAT-22を更に前方の地表に向けて撃った。
その際に生じる銃撃の反動を利用し、ATの体勢を立て直していたのだ。
所謂、ブースタンドと呼ばれる曲芸的な操縦技術である。
RS部隊員の中にあっても、実戦の最中で確実に決められる程の隊員は極僅かであると訊く・・・。
ブロッカー6機が死に物狂いで機銃を乱射していた。
正気の沙汰とは思えぬ敵ATの動きに翻弄され照準を合わせる事すら出来なかったのだろう。
そのブロッカー6機に対して、アイスマン小隊の小隊長アイスマン・レイヴン伍長機と、同小隊フェデリコ・タリシス上等兵機が攻撃する。
共にGAT-22の制限射撃による攻撃であったが凄まじく的確だった。
2機のブロッカーはコクピット周辺に砲弾を浴びて転倒、間髪入れずに爆発した。
爆煙に視界を遮られたか、ブロッカーの隊列は瞬く間に崩れた。
混乱するブロッカーの群れは其々一方的に向きを変え、互いに激しく衝突する。
残り4機のブロッカーに止めを刺すかの如く1機のRS部隊機が突撃。
操縦桿上部のフリップを親指で弾くと、その内部から赤いトリガーが姿を見せた。
間髪入れずにトリガーを押すと、GAT-22がフルオートで掃射されブロッカー4機を葬った。
要は、バルカンセレクターを音声入力で起動させずに操縦桿での手動による起動で動作させたのである。
4機のブロッカーを血祭りに上げたのはアイスマン小隊のフランク・フィルム上等兵だった。
「マックス中佐!訊こえるか?」
ロターシュ中佐からの通信だ。僅かにノイズが混じる。
「訊こえるぞ!」とマックス中佐。
「並外れた奴らだ・・・。此方のEP-02は残り僅かだよ。」
「今更、撤退も不可能だ。しかし、このままでは全員が無駄死にだぞ!最後まで諦めるなっ!」マックス中佐が凄む。
「いや、貴様らだけでも生き残れ。投石器を全て爆破させる。・・・5分以内に戦線を離脱してくれぇ!」
両者、この遣り取りは直接回線の積もりであった。
しかし共通回線のまま通信を行なっていた事に漸く気付く。部下からの通信が入ったからだ。
「ロターシュ中佐!中佐の部隊だけと云う法がありますか?我々もお供します!」
「マックス中佐!我々もロターシュ中佐と共に!」
「・・・貴様ら。」とマックス中佐。
そんな部下からの通信にロターシュ中佐は云う。
「皆、一緒に行ってくれるのか?」
言下に全隊員の喊声が天を突いた!
投石器爆破の制御盤はロターシュ中佐が担当している。
意を決したか、ロターシュ中佐は右膝元に手を伸ばした。小さな端末機・・・それが制御盤だ。
「うおぉぉぉ!」ブロッカーパイロットが雄叫びを上げて突撃。ガトリングガンが咆哮を上げる。
RS部隊機は進行方向を特定させぬ激しい蛇行で敵弾をあっさりと躱した。
そのATは突然にして蛇行から直進に切替えてGAT-22を発砲。
制限射撃やバルカンセレクターによる攻撃では無く、一発必中でブロッカーは仕留められた。
仕留めたATは特徴的な大型折畳式ブレードアンテナを装備・・・。誰の機体であるかは云わずもがなだ。
マックス中佐の部隊とロターシュ中佐の部隊は、其々の投石器付近まで後退を開始した。
共に40機弱を有していたブロッカーも、今や1/3程度まで減っている。更には掩蔽壕、並びにスネークガンナー、スカラベは全滅だ。
「総員、投石器周辺に位置しているか?」ロターシュ中佐が通信機越しに云う。
「いつでも良いぞっ!」応えるマックス中佐。更に付け加える。
「皆、可能な限り敵機を引き付けろっ!」
「爆破まで3分!」云うが早いか、ロターシュ中佐は制御盤を操作。爆破までの残り時間が端末機表示部に走る!
「敵機に気取られるなよ。上手く此方に誘き寄せるんだっ!」マックス中佐からの指示が飛ぶ。
先陣を切ったマックス中佐の側に設置されている投石器は43基。そしてロターシュ中佐の側が41基だ。
1基毎に仕掛けられた爆弾が同時に炸裂すれば、10t爆弾相当に匹敵するものとなろう。
それがマックス中佐側とロターシュ中佐側で同時に起こるのだ。
破壊力を語る必要もあるまい。
動きを止めず、徐々にではあるがブロッカーがガトリングガンを乱射させながらも円陣を組み始めた。
「どうした・・・来い!来やがれってんだぁ!」ブロッカーパイロットが呻く。
「気取られたか?」ロターシュ中佐が云う。
RS部隊の攻撃が止んだ。しかも、砂塵を巻き上げながら散開して戦闘区域から離脱を図っているのが確認出来る。
「中佐ぁ!」部下が叫ぶ。
「構うなっ!それでも数機は道連れに出来るっ!」マックス中佐が云い終わる刹那、大地を揺るがす大爆発が起こった!
マックス中佐側とロターシュ中佐側との距離は約300m程であったが、両者側が同時に爆発した事によって、其々の境界線は意味を無くした。
噴火。その大爆発は地面が噴火したかの如く、地表にある構造物を根こそぎ吹き飛ばした。
異常な大気の乱れが生じ、爆発煙は上昇気流に吹き上げられる。そして、灰色の巨大なキノコ雲となってDライン上に垂れ下がった。
キノコ雲の中心から灰色の煙柱が立ち、上空300mまで達していた頂上付近傘部は想像出来ぬ程の大きさであった。
後方Cラインで戦闘中の第七降下騎兵団やその他のAT部隊らにもキノコ雲は確認された。
「お、おいっ!何事だぁ?」第七二強襲機甲部隊のATパイロットが前方の異常に気付き、誰とは無く尋ねる。
戦闘中であるが故に返答は無かったが、前方で異常事態が発生した事を全部隊員が把握するには充分な光景であった。

大爆発から数分後・・・。
「各小隊長は損害状況を報告しろ。」
リーマン少尉が通信機越しに状況を確認。電波状況が復帰していないのであろう、ノイズが激しい。
かなりの爆風に煽られ更にはその熱波が齎した機体への攻撃は大きかった筈である。
「遣ってくれるぜ。」
ムーザ上等兵が云いながらコクピットハッチを開けた。右手前方にダフィー上等兵機が確認出来る。
「ムーザ・・・しぶとい野郎だな。」
ダフィー上等兵が呟くと、ムーザ上等兵は無言のまま彼の機体に向けて中指を立てた。
ややあってリーマン少尉が告げる。
「ジン小隊・・・ジン・アラスイ伍長、ヴォイア・ルライナ上等兵、ザラキ・ハープネン上等兵の死亡を確認。」
各小隊員まで通信機越しの報告だ。
「アズベル小隊・・・アズベル・マクファーソン伍長、ジャシー・デューサー上等兵、ブリッツ・オーアン上等兵の死亡を確認。」
コクピットハッチを開け、ヘルメットを外していたトーマ伍長が唾を吐き捨てる。
「バイソン小隊・・・ノルヴィッド・キャロット上等兵の死亡を確認。」
「運のねぇ野郎だなぁ。」
バイマン上等兵がほくそ笑む。
「ロビンシー小隊・・・ロビンシー・マッソロー伍長、モリス・アングレオ上等兵、フリー・ラングウェリィ上等兵の死亡を確認。」
云い終わる刹那、リーマン少尉が付け加える。
「以上、10名の死亡を確認した!」
「所長っ!それは違うぜぇ、13名だぁ。ディアッカの一隊も数えて遣れやぁ!」
バイマン上等兵が通信機越しに怒鳴る。
リーマン少尉はこれを無視のまま指示を飛ばした。
「機体損傷状況をチェック!2分以内に報告しろ!」
「けっ!」バイマン上等兵が唾を吐く。

Dラインの玉砕を確認したビルギギン指令本部のマントヴァ中将が腰を上げて云う。
「彼ら含む全戦闘員に対しては・・・誠・・・哀惜に・・・堪えない。しかし・・・よく遣ってくれた!」
この言葉は直ちに全将兵、全部隊に伝達された。

RS部隊機が黒門を目指し疾駆する。
凄まじい迄に砂塵を巻き上げながら突き進む最中、遂に眼前に現れた。
「見えたぞっ黒門だぁ!へっ、標準ズームで充分に拝めるぜぇ!」
呻くグレゴルー伍長。
前方、その距離にして約650m程であろうか・・・。
600m以上離れていても、その巨大さ故に異様なオーラが感じ取れる。
黒門を挟む容で有している城壁は、ビルギギンが城壁都市である事を再確認させた。
城壁は高さ110m、厚さ42mにも及んでいる。
更に、黒門では高さ110m、暑さ1.5mの装甲鋼鈑が採用されているのだ。
並みの大砲では打ち抜く事など不可能である。
・・・滑々とした光沢を放つ漆黒の門・・・黒門到達まで僅か。
しかし、敵AT部隊の進攻を阻止すべく要塞砲が照準を絞る。
「砂塵を確認!敵のAT部隊だっ!」要塞砲の砲兵が叫ぶ。
「阻止限界点を越えさせてはならぬぞっ!」
「一気に行くぞっ!用意はぁ?」
「いつでも撃てるぞっ!」砲兵らがトリガーに指を当てながら云う。
激しい蛇行のままアクセル全開で突き進むRS部隊機。
脚部ロケットエンジンが眩い炎を噴く。
「ってー!」
砲兵が叫んだ!


━ 第七章  「黒門」  完 ━